剣聖
アキヨ…ヒョットコサイに尻でど突かれ、後ろ手を付いたニザエモンはいかにも食わせ者の顔でニヤリと笑う。
『先程はアキヨリ殿の所在を掴んだ事を突き付けられ動揺したが、
元々こうして現れるつもりだったのだ何と言う事は無い。
かえって優位に立ってと思い込んだヒデミツを奈落に突き落としてやれたわ。
大体 この御仁は追われる身ながら堂々と街の内外 大手を振って闊歩しているのだ、
恐らく名を名乗って歩いているのであろう、ナリカワの情報網に引っかかるのも当然。
あるいは こうなる事を見越しての所業であったのかな?
しかし天下人と一万の兵を目の前にして、見事なヒョットコ顏と予定外の悪ふざけをやってのける豪胆、
冷や汗をかくべきはアキヨリ殿に対してだな。
ふふっ気の毒な程に顔をビクつかせおるな。
さあ、悩め 考えろ ヒデミツよ、
こちらにはヒデカツなど居らぬぞ、
こちらの事情は筒抜けと得意になっておったが、それは我等が方だ。
もっとも味方にとっても予測不能のヒョットコ祭りを目の当たりにして、
臆病者のお前は頭など回らぬだろうがな。
さあ、最悪の決断をしろナリカワ ヒデミツ!』
シャカシャカシャカシャカシャカ
「あれ、茶が無い…
ニザエモン様いつの間に飲んでしまわれたのです?
ヒデミツ様に立てた茶ですぞ!」
左目だけ白目をむいた間抜け面で、明後日を向いて憤るはヒョットコサイ。
『やれやれ 巻き込んでくれるなよアキヨリ殿。』
そう胸で呟くは乗り気のニザエモン。
「周りを良くご覧なさいヒョットコサイ。」
「あっ緑色だ!」
「嵐の如き茶筅使いが そうさせたのだ。
覚えておるかヒョットコサイ、
物事を習得するにあたっての心構えである守破離をいつか言って聞かせたな。」
「忘れました。」
「ふう…
ならば改めて言って聞かせる。
守破離の守は師の教えと形を守り身につける。」
「あい!」
「破は身につけた形を、自ら精進 研鑽を重ね、己の作り上げた形により破る。」
「あい!」
「最後の離は形から離れ自由になる。
ここ迄来て始めて物事を習得した事になる。
ところがお前のやっておる事は、言うなれば破破破だ。」
「八 八 八の末広がりで大変目出度とう御座います!」
「違う!先ずは言った通りにやりなさいと言っているんだ!」
「あい!やります!」
シャカシャカシャカシャカシャカ
再び緑色の飛沫が舞う。
「父より授かり糞の名を〜
捨てたあの夜わたしは泣いた〜」
「歌などよいと何度言ったら分かるか!」
「なぜ気に食ん!」
絞り出す如き怒鳴り声は、毘沙門亀甲柄の袴を引き裂かんばかりに握りしめ放たれた。
「あい?」
「歌を続けよアキヨリ殿、外の兵に勘付かれる。」
ニザエモンに耳打ちされアキヨリは我に返り歌う。
「アキだヨリだと名乗っても〜
断ち切れないのは父への慕情〜
酔ったフリして呼んでみる〜」
「なぜ儂の世が気に入らんニザエモン!
いや、剣聖 キラ ニザエモン ノブモト!!」
ヒデミツの声は涙声かとも聞こえた。
「なぜ気に入らないかって?!
つまらねえんだよ!
お前の天下などつまらねえんだよヒデミツ!!」




