悪巧み
「一体誰がトウカに言葉を教えてくれているのか?」
アキヨリが首を傾げながらニザエモン邸を後にしようとすると。
「アキ様お待ち下さい。」
フミに呼び止められた。
「ああフミさん お疲れ、仕事が忙しいだろうけど、そろそろ帰っておいでよ。
そうだ、今朝トウカが立ったと思ったら歩いたんだよ、しかも俺に(お父様)って言ったんだ。
俺も舞い上がっちゃってさ、今頃になって落ち着いたところだよ。
もしかしてフミさんが教えてくれてたのか?」
フミはニザエモン邸に泊まり込み、戦になった場合の兵糧など物資全般の必要量を算出し、調達先を確保していたのだった。
「本当ですか?!おめでとうございますアキ様 イヨ様!
よく出来ましたねトウカ。
あたくしは昔話など お聞かせしましたが、繰り返し同じ言葉を言って聞かせたりはいたしませんでした。
それはそれとして、アキ様お話があります、お上がり下さいませ。」
「はい、分かりました。」
徐々に凄味を増して行くフミの話しぶりにアキヨリはやや縮み上がり、
トウカをイヨ姉様に託し、フミの後に続いて行った。
「お掛け下さい。」
フミに促され座ったのはサカイ軍の主要人物の集会所になりつつある洋室の円卓だった。
円卓にはおびただしい数式に塗りつぶすされた中判の紙が散乱し、つい立てにも中東の王侯のレリーフの姿が見えぬ程に貼り尽くされていた。
「何の話かなあ?フミさん。」
ビクビクして尋ねると。
「鉄産球の制作は一先ずの区切りがついたかと思われますが。」
「はい、本来の務めに差し支えますので これ位にします。」
「アキ様の本来のお務めとは何でございますか?」
「サカイを守る為の備え万事整える事にございます。」
「何やら随分広範囲に仰るのは、あたくしが申し上げたい事を察した上での布石でしょうか?
ではお尋ねしますが、ここ二月程アキ様はどこで何をなさっておられましたか?」
「兵糧の主な調達先である ここいらの集落の作付けを指導して田植えを手伝ってました。」
「はい、ニザエモン様の所には続々と周辺の集落から、お礼の言葉が届いております。
その田植えが終わったのはいつでございましょう?」
「二、三日前かなあ?」
「いいえ。」
「十日位だったかなあ?」
「いいえ一月前には、あらかた終わっていたと聞き及んでおります!
それからの一月の間はご家人方の鉄産球の制作のお手伝いもそこそこに。
集落のお子様方と歌い、踊り、笛を奏で、魚を釣り。
家々を渡り歩きお食事をご馳走になり飲めや歌えを連日繰り返しておりましたね!」
「そんな事もありましたでしょうか。」
「アキ様!」
「あははは!フミ殿 名参謀ぶりが板についてきておりますな。
しかしアキヨリ殿も反省しておる様子、それ位にしてやっては如何かな?」
アキヨリの身の丈がほぼ半分になったのを見計らい、聞き耳を立てていたニザエモンが、ほくそ笑み扉を開けて現れた。
「ニザエモン様も皆様方もアキ様に甘過ぎます!」
「あははは!皆どうもアキヨリ殿に甘くなってしまう。
慕われながらも憎まれ役を演じられるのはフミ殿の才覚、これからも宜しくお頼み申しますぞ。
ところでアキヨリ殿 この度ナリカワ ヒデミツ殿から、この様なお手紙を頂きましてな。」
ニザエモンは右手の人差し指と中指で挟んだ手紙を、ひらひらと振って見せた後、アキヨリに差し出した。
「拝見させて頂く……
何と!流石と言ったら癪に障るが、流石と言わずにはおられん。」
「アキ様 手紙には何と?」
「うむ、我等の主君であった オアイ ミナヅネ様の家臣団とナリカワ ヒデミツの間では、御子息のいなかったミナヅネ様の跡目を争い、戦になろうかというところまで互いにいがみ合っていたのだ。
ところがこの手紙によると、オアイ様の遠縁である トキ タケトシ殿を跡継ぎとして全て丸く収まり。
それを祝い今秋にはこのサカイで大名達を集め茶会を催したいとある。
なだめすかし、時には脅し、仲間割れを誘い、利をちらつかせ大名達を丸め込んだのであろう。
手法はどうあれ戦わずして勝利するは善の善なるものなり、ヒデミツの力 認めざるを得ん。」
「仲間割れと言えば我等サカイ衆の大旦那達にも仕掛けて来おった。
ここのところ朝廷の官位が乱発されておる様子、格式を与えたなら後は実利。
建前は茶会などと言っているが、前回の戦費要求を断った我等を吊るし上げ、搾り取るだけ搾り取り大名達に割り当てるのであろう。」
「してニザエモン殿 如何いたす?
こちらの備えは整いつつある、利での繋がりなど煎餅を割るが如く粉々に打ち砕き。
意気揚々とサカイに御出ましのヒデミツが首 討ち取ってご覧に入れようか?!」
「いやいやアキヨリ殿には別の役目をお願いしたい。」
「役目とは?」
「ナリカワ様始め御客人の皆様方を茶の道にて手厚くもてなして頂きたい。」
「いやいやそれは楽しみで御座る!」
にやけ顔を付き合わせる二人にフミはどう割って入って良いのか手立てが無く。
ただ不思議顔で二つの顔の間に視線を行き来させるだけであった。




