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六角の花   作者: フミ
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お父様

東を向くアキヨリの部屋の開け放たれた障子窓から朝日が差し込む。


窓辺には八分に開いた桃の花が一枝朝日を浴びていた。

その桃の枝が終の住処とする素焼きの花生けは、

歪(いびつ)を通り越し深海の生物の様相を呈し今にも動き出しそうだ。

その様に評したのはアキヨリで、気に入り持ち帰った。


作ったのはキリュウ マサナオ、

轆轤(ろくろ)を使って、これ程 歪になるのかと皆に馬鹿にされたが、

アキヨリにベタ褒めされ面目を保った。


何故キリュウが花生けなどを作ったのかと言えば、

シラセ工房で鉄産球(てっさんきゅう)を試作すると聞き付け見物に来たところ、余った土を見つけ


「土の声が聞こえる。」


などど分かった風な事を言って、頼まれたら断れないタノスケに指導してもらい制作したのだった。


問題の鉄産球であるが、実際の半分の大きさで、

ゲンの提唱した整形しながら焼成する手法は取らず、

現時点の技術で制作出来るよう、中の部分と外側の部分は分けて作られた。


形にする上でどの様な問題があり、分けて作った場合でも機能を発揮するのか、それらを試したのだった。


卓越した技術を有する彼等は見事に形にし、

継ぎ目は漆糊(うるしのり)を使い接合した。

多々良の力を込めたならば鉄産球は高温になり、

漆糊は焼けてしまう事は予想されたが、

壊れるならどう壊れるかを知るのも大きな前進であった。


実験は前日 完成間近の貯水池内で行われた。

アキヨリは微睡(まどろ)みの中、実験結果という題名の悪夢を見ていた。


悪夢はよく出来た寸劇で起承転結があった。


(起)は貯水池の中心に置かれた鉄産球に一人アキヨリが近付き多々良の力を込め、

彼の目に力の象徴である無数の歯車が、内部の二重螺旋に吸い込まれ光の渦に姿を変えるのが映るであった。


(承)は光の渦が下部へと進み、鉄産球が穴を掘り始めたのだろう、徐々に持ち上がり始め、遠巻きに見守る関係者各位から歓声が上がるであった。


(転)は外側の玉ねぎ形の外殻が垂直に飛び上がるだった。


(結)は残された中身の二重螺旋の大爆発、そして鏡に映る眉毛を失った自分の顔、そして関係者各位の大爆笑だった。


「ま、眉毛!俺の眉毛!ううむ…

重い…顔が重い…」


「きゃたきゃたきゃたきゃた!」


「トウカか?…トウカが俺の顔に座っているのだな…

やれやれ またあれが始まるのか…

そうだった夜泣きだ…まだ目覚める気は起きんが仕方あるまい。」


昨夜はトウカの夜泣きがひどく、

乳かオムツかと、眠い目をこすりあやしたのだがどちらでもなく、

アキヨリは眉無しの必死の鼻笛で我が子の機嫌を取り戻したのだが、

ピーピーやっている内に共に眠ってしまったのだった。


「きゃたきゃたきゃたきゃた!」


トウカの尻は立て続けに父の顔に判を押し続ける。

一月前から這って歩むようになったトウカは日に日に激しく動き回るようになり、

最近では父の顔を尻で小刻みに踏み付けるのが朝の日課になっていた。


「いい加減にしないか、お前の尻を押し付けたところで父の眉は生えぬぞ。

しかし今朝の尻は強烈だ、

いつもに増して力強い上に中々止まぬ、いつまで続くのだ。」


「きゃたきゃたきゃたきゃたきゃたきゃた!

ふぅ…」


尻と笑い声が止んだ。

止んだら止んだで少し心配になりアキヨリは薄目を開けた。

トウカは生まれてからずっと一緒のお気に入りである、

竹を編んでアキヨリが作った、ねんねこ籠に頭を突っ込んで眠っていた。


「なんだ、目覚めたばかりで尻を押し疲れて眠ってしまったのか。

まあ お互い昨夜はろくに眠っておらぬのだし、眠るは赤ん坊の仕事。

俺ももう少しだけ眠らせてもらおう…

ああ…またあの悪夢の続きを見ぬと良いのだが…」



アキヨリはややしかめっ面で何かを思い出そうと、右斜め上と左の真横を交互に見やった。

右斜め上を見ると咲き乱れる桃の花が目に入り、真横を見ると少し離れた所に馬小屋が目に入った。


「俺は何を危ぶんでいたのだったか?

思い出せん…

なぜだか皆が俺を指差し、からかうように笑っていたのを、何と無くだが覚えているのだが…


そうだ心配事と言えば、

立て続けに這って歩むようになったトウカとリクノブを見せてやりたくて、

一層 眉間に念を込めて凝視し続けたのだが、

いつも何となくではあるが、感じていた眉間の向こうの視線が感じられなかった….気がする。


いつだったか眉間に激痛を食らったが、

ああいったものは勘弁して欲しいが、何らかの応えが欲しい…

いくら思いあぐんだところで仕方ないのは分かってはいるが、情けない程に不安になる…


ああ!リッカ君に触れたい!

君はあの時 見ていてくれたか?!」


「あの…時は…見えておりませんでした…

しかし…今は見えております…」


「そうか それならば良いのだ。

しかし今年もよく咲いてくれた、俺はここから見る庭の桃の花が一番好きだ。

きっと義父上(ちちうえ)はここからの視点を考慮して桃の木を植えたに違いない。」


(ここから)と言いながらアキヨリは自分の座った縁台を右手でポンポンと二度軽く叩いた。

それを優しい眼差しで見つめるリッカは一つゆっくり頷いた。


「リッカも好きか。

しかし温かい、この場所はこの世の極楽だな、春の日差しを独り占めしているようだ。

いや いつもここに座るのは二人でだから二人占めか。」


リッカは微笑み頷く。

アキヨリもそれを映す鏡のように微笑む。


「義父上も義母上もここから桃の花を見たのだろうな。


そういえば皆はどうしているのかな?

二人でここにいると皆 気を使ってくれて出て来ないからな。

ゲンは工房かな?

チョウキチはまた昼から飲んで眠ってるかな?

マイは春の花を絵に描いているだろうな、菜の花の絵は本当に綺麗だった。

タノスケとオタマは一緒だろう。

あれ?

何か足りないな…

誰か忘れてるな。


そうだ ダンザとフミさんだ!


あれ?ダンザがここにいる筈ないじゃないか。

あれ?フミさんって誰だ?


あれ…おかしいな…


そうだタノスケとオタマだけじゃ足りない、リクノブも居て当然だ。


あれ…また足りない…


トウカ!ああトウカ!なぜトウカを忘れるか!

あちこち動き回って目が離せないんだ!

どこに行った?トウカ!トウカ!!」


アキヨリの膝にリッカの手が置かれた。


「何を落ち着いてるリッカ!

トウカが見当たらないのだぞ!

えっ?」


リッカは微笑んだまま、家の中を指差した。

アキヨリが指の先を目で追いかけると、明るい春の日差しが充満した縁側に慣れていた目には、

家の中は暗すぎて何もかも白っちゃけて見えていたが、それも僅かな間の事だった。


「きゃたきゃたきゃたきゃたきゃた!」


リッカの指は笑い声を指していた。


「なんだ そこに居たか…

ああ!?ああああああ!

リッカ!トウカが立ってるぞ!

立ってこちらに歩いてるぞ!」


リッカは微笑み頷く。

オムツで膨らむ尻を振りながら、たどたどしい一歩一歩に優しい眼差しを向けて、アキヨリの手に自分の手を重ねて。

しかし生涯始めての事である、二本の足で歩む重心は、前過ぎたり後ろ過ぎたり、

どうすれば分からなくなったならば赤ん坊とはいえ人間慣れた行動をしてしまうようだ、

尻でポスンと判をついた。

すると自分自身の行動にも関わらず、トウカは驚きの表情を見せ、

それは徐々に泣きっ面に変わって行った。


「でかしたトウカ!

それで良いのだ、誰しも初めから上手くやれるものではない。

千里の道も一歩から、一歩一歩の積み重ねが肝心なのだ!」


赤ん坊に分かる筈も無い教訓を真顔で言い聞かせながら、

我が子に駆け寄るアキヨリは気付いてしまった。


自分の胸に揺れるギヤマンの雪の結晶に。


「これは…俺が作った…割れてしまった窓から作った…

ああ!この首飾りとこの屋敷が同時に存在する筈は無いんだぁぁ…

ここは俺の夢…

ああリッカ!」


振り向くと泣き出しそうなリッカが無理やりに微笑んでいた。


「ぎにゃーぎにゃー!」


リッカに駆け寄りたい衝動に後ろ髪を引かれながら、アキヨリはトウカに向き直り目覚めた。


トウカを抱き起こし、胸の前で揺らしあやすと、窓辺の一枝の桃の花の香りが春風に乗りアキヨリに届き慰めた。

泣き出しそうなリッカの笑顔も、いつまでも胸の奥に離れずにアキヨリの胸を締め付けそして慰めた。


「トウカ笑ってくれ、笑ってくれねば、父まで泣きたくなってしまう。

ほれ 鼻笛を聞かせてやる…ブシュ」


鼻笛を鳴らそうと必死に鼻に息を込めたが、目から流れ鼻に溜まった物が噴き出すだけだった。


「きゃたきゃたきゃたきゃた!」


眉無しの鼻水

それ即ち間抜けな必死さ、まさにシジマ トウカの笑いのツボであった。

トウカは口から溢れるよだれを止める手段無く垂れ流し笑った。


「あはは あははは、笑った笑ったぁ

それ程に眉無しが面白いか?

それならば眉などもう生えてくるな。

父も母もそなたの生涯最初の一歩しかと見届けたぞ。

あははは あははは!」


「お…とう…し…ま…」


それは よだれと共にトウカの口からこぼれ出た。


「な、な、な、何と申したトウカ?!

あわ、わ、わ、わ、わ。」


アキヨリはリッカに伝えようと半紙を探す暇(いとま)も惜しみ、

震え手で咄嗟に障子に書いてしまった。

(おとうしま)と。


「あわわわわわ。」


アキヨリは誰が(お父様)と教えてくれたのか皆に聞いて回ったが

(カカ)(トト)とは言い聞かせてはいるが(お父様)などと赤ん坊に教える者などはいなかった。


「お父様なんて言葉、生まれてこの方 口にした事ないねえ。」


ニザエモン邸にトウカを伴い訪れ、イヨ姉様に問いただしたが予想通りの答えであった。


「一体誰が?」


その答えはもうしばらく後に解明されるのだった。


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