雪の花の誓い
否が応にも思い出された。
ホウライ山を去ったあの日、勇気を振り絞り叫び声をあげ、火縄銃を構えたチョウキチが。
そのチョウキチが口を尖らせ、決してたどたどしくはない強い口調で言葉を発したのだ。
「そうだよ、見たよ、窓の欠片。」
オタマだった、彼女の言葉には何か言葉そのものの意味とは違う意図が込められているようだった。
何か皆で決めた事を思い出せといったような。
「チョウキチお前…いつの間にそんなに話せるようになったんだ?」
未だ驚きを振り払えずにいるアキヨリがやっとの事で口を開いた。
「アキなんで俺にも見せてくれなかったんだよ!」
アキヨリの問いに全く答えず、更に怒気を表し、掴みかからんばかりのチョウキチを肩を掴みゲンが諌めた。
「チョウキチ、落ち着け…なにをそんなに、怒ってる?
こんな綺麗なもの…アキが作ってくれたのに。」
「そんな事分かってるよ!
だけどあの家にあったままの形を見たいと思っちゃ悪いかよ!
それにオタマだけ見れて皆見れなかった!
ゲンお前だって見たかっただろう?!」
それを聞いたオタマの胸にガラスの破片を目にした時、思い出された風景と匂いがよぎった。
そしてそれは自分だけに許された事だったと理解し罪悪感に近いものを感じてしまった。
「ごめん…チョウキチ…」
オタマの謝罪の言葉にチョウキチは気まずい顔を見せた。
迷いながらも怒りを引っ込めつつあったが、中々言葉には表せずにいるところをマイが詰る。
「オタマが謝るなんて…おかしい!
チョウキチの…バカ野郎!
皆でアキに内緒で…話す練習するって決めたじゃないか!
アキの思いやりも…みんな台無しだバカ野郎!」
最悪の間の悪さであった。
チョウキチの引っ込みかかった怒気は無軌道に放たれる他なかった。
「ちくしょう!どいつもこいつもアキの肩ばかり持ちやがって!
大体アキさえ俺たちの所に来なけりゃ今もリッカとあの山にいられたんだ!
みんなだって一度くらい、そう思った事あるだろうが?!」
「ぎにゃー!」
「みゃー!」
赤ん坊達が泣き始めた。
「もうやめて!」
オタマはトウカとリクノブを庇うように抱え、チョウキチに背を向けた。
「言っていい事と…悪い事ある!」
タノスケがチョウキチの胸ぐらをつかむ。
「殴るなら殴れよ!
だけどタノスケお前は一度もそう思った事無いって言えるのか?!」
「ううっ!」
「ほらあるんじゃないか!」
両者の間にゲンが割って入り、胸ぐらを掴んだタノスケの指を一本ずつ解く。
「アキには悪いが…俺だってそう…思った事ある。
しかしその何百倍も…来てくれて良かったと思ってる。
アキが来なかったとしても…いつか母様はリッカを連れて行ってしまったと思う。
そして…俺たちの作る焼き物は…先生の名前で高値で取り引きされてる…
いつかは金に目が眩んだ…大名に目を付けられ…俺たちは災いに巻き込まれただろう。
そして何より…火の神を封じておくには限界があるんだ…
それを何とかする為にアキは俺たちのところに来てくれたんだろ?
それに…どんなに仲の良い…友達だって…そいつに向けた、胸にある気持ちは…
頼もしかったり…心配だったり…
ムカついたり…感謝だったり…
一つじゃないんだ。
でも…いい事悪い事…全部ひっくるめて…沢山あって忘れられないから大切だって思えるんだろ?!
俺たちは皆お互いに向けた気持ちは同じだ…そうだろ?チョウキチ。」
「俺だって分かってるよ!
山を追われたのがアキのせいだったとしても、サカイに来て沢山の友達も出来て、こんなに話せるようになった。
俺たちだけにくれた首飾りも嬉しかったよ!
感謝してるよ、だけどオタマが羨ましくてたまらなくなったんだよ!」
「分かった…実は俺も羨ましかった。
だけどアキに…謝らないとな。」
「うん…」
「謝る必要なんか無いよ。」
アキヨリは座り込んで、家族の前では滅多に見せない、暗く沈んだ表情と声で言った。
「アキ…それじゃいけない…
俺達は言葉で表せなくても…
ありがとうとごめんは…きちんと伝え合ってきた。
謝らなかったら…チョウキチの胸に…負い目が…
アキの胸に…わだかまりが残る。」
「皆の気持ちを良く考えずに、自分の気持ちを押し付けた俺にも非がある。
でも俺は謝らない、チョウキチも謝らなくていい。
その代わり俺にも言わせてくれ。
なんで話す修練をしてた事を俺に黙ってたんだ?!
俺も力になりたかった!
一歩一歩前進する皆を見届けたかった!
一緒に歩みたかった!」
「それは出来ない、どうしても出来なかったんだ!
ああ、もう!
言葉は上手くなっても俺はバカだから上手く言えない。
ゲン言ってくれ俺達の気持ちを!」
チョウキチは懇願するようにゲンに詰め寄った。
「アキ…よく聞いてくれ…
お前は違うと言うかも知れないが…
偽らない俺達の気持ちなんだ…
突然話せるようになって…お前を驚かせ…喜んでもらいたかったが…それだけじゃない…
俺達はお前と対等になりたかった。
お前はとても強くて…
頭も良くて…
家柄も良くて…
日の本中に名の知れ渡った侍だ…
でもぜんぜん威張らなくて…優しくて…
でも俺達には陶芸しか無い…
お前に比べて…俺達は惨めに思えたんだ!
お前が輝いて見えたんだ!
誇れるものが欲しかった!
お前の手を借りず…俺達だけで手に入れた…誇りが欲しかったんだ!
言葉をお前の手を借りずに…話せるようになったら…
俺達もお前みたいに輝いて…対等になれる気がしたんだ!
お前と俺達が相容れない…違う世界の人間だって言っているんじゃ無い!
もしこの先…お前が将軍になろうと…関白になろうと…
俺達は友達だ…家族だ…兄弟だ!
分かったくれるか?アキ!!」
「わ…」
一言だけ口にしたアキヨリは、その続きを胸に突き上げてきたものに遮られて顔を伏せた。
沈黙があった。
皆 信じて待った、その沈黙で自分達の気持ちが受け入れられたと確信したからだった。
その時は間を置かず訪れた。
眉尻が下げるだけ下がり、
下瞼がせり上がり、
下唇が突き出た顔は、
恥ずかしさという重りがついて重くてたまらなかったが、
どうせどうにも出来ぬと意を決して持ち上げ顔を上げた。
「分かった!
皆の気持ちあい分かったぁ!
良かったぁぁ話せるようになったんだな皆!
俺は待ってたんだぁぁぁ!
皆がそうやって気持ちを伝えてくれるのを!
皆 伝えようとして諦めてたじゃないか!
ありがとう!
俺はごめんなんて言いたくなかったし、聞きたくなかったんだぁ!
ありがとうって言いたかった、聞きたかった!
ありがとう!
ありがとう!
ありがとうぅあ!!
そして俺がこのギアマンの雪の結晶を作って皆に伝えたかったのはこれだぁ!」
アキヨリの突き出すガラスの首飾りは四つあった。
「若様やはり俺の分も用意して下さったのですな。
かたじけのうございます。」
もらい泣きするダンザが、申し訳なさそうに手を出した。
「違ぁぁう!
これは俺の分とリッカの分!
そして義父上と義母上の分!
俺は!俺はリッカだけじゃない!
義母上も必ず連れ帰る!
この首飾りを受け取ってもらう!
あの家を建て直し、アキの国を分捕って、全てを取り戻してみせる!
これは誓いの首飾りだぁぁ!」
「ごめんアキ!
ち、違った、ありがとうアキ!
お前がそんな気持ちで作ってくれたなんて知らなかった!」
「チョウキチありがとう!」
「俺もアキに…きつい事言った…ごめ…ありがとうアキ!
首飾りありがとうアキ!」
「ありがとうゲン!
俺も腹を壊した時のお前の屁があまりに臭くて心底腹を立てた事があったぁ!」
「チョウキチに問い詰められて俺 言い返せなかった!
ご…ははっ…ごめんじゃないんだった。
首飾りありがとう、お前の気持ち本当に嬉しい!」
「タノスケありがとう!
庇ってくれてありがとう!」
「アキありがとう!
わたし信じる…アキがリッカと母様を連れて来てくれる…日が来る事!」
「マイありがとう!
俺を信じて損はなぁぁし!」
「ずっと夢に見てた…リッカが帰って来て….みんなで暮らすのを。
それに母様もいて…でも絶対あり得ないって諦めて…それでもまた思い浮かべて…
わたしもう諦めない!
ありがとうアキ!」
「オタマありがとう!
義母上は皆の知る義母上と何ら変わってなどいない!
俺は確信したのだ!必ず連れ帰る!
うわあああああ!!」
アキヨリはいつかの船上の如く、皆に取り囲まれ揉みくちゃになった。
「ダンザ様 皆様本当に仲がよろしい事で。
あたくし羨ましいですわ。」
皆の輪に入りそこねたフミが、同じく入りそこねたダンザに言った。
「羨ましいとはおかしな事を申される。
マイ殿が手招いておられるではないか。
参りますぞ!
内緒で首飾りを作った若様と、内緒で話す修練をしていた皆様!
痛み分けとして俺の料理をさっさと食えぇぇぇい!!」
フミの手を引いてダンザが輪に加わるものだから当然 料理は冷めてしまった。




