ギアマンでなくギヤマンが正しいようです
オタマの目には微かに青みがかかった桃の花が映っていた。
もちろん実際に見ている物は手ぬぐいに包まれたガラスの破片群である。
オタマの嗅覚は乾いた土の匂いを感じていた。
そしてやはり実際には焼けた鉄と鍛治仕事の道具達に使われた油の匂いだった。
彼女は今ホウライ山の我が家にある工房の窓際にある、ゴクラクサイが作ってくれた自分専用の轆轤の前に座り、庭の桃の花をガラス窓越しに眺めていた。
幼くして家族を失った記憶に上塗りした、愛する心の原風景であった。
「アキ これはお家の!轆轤場の窓?!」
「そう 此度ホウライ山の家に寄った際に拾い持ち帰った。
これを溶かして今から作る物を皆に持っていて欲しいんだ。」
「本当?嬉しい、でも溶かしてしまう前によく見せて。」
オタマが破片を愛おしげに眺めている間にアキヨリはガラスを溶かす炉に火を入れ、道具を段取り良く用意した。
「さて始めるぞ。」
シラセ家 陶芸職人達は、いつも通り仕事を終え、いつも通りゲンを先頭に夕暮れの街を帰路を歩んで、
いつも通り通り抜けると我が家の見える曲がり角を曲った。
「あ!皆様お疲れ様です。」
「フミさんも…お疲れ様。」
フミと鉢合わせしたのだった。
「あれ?アキ様はご一緒ではないのですか?」
「フミこそアキと一緒じゃなかった?」
そうマイが答えた、彼女は昨夜フミと遅くまで歓談して、かなり打ち解け合っていた。
「はい、あたくし少し前にダンザ様と帰ったのですが、中々皆様お帰りになりませぬので手持ち無沙汰になり、こうして出て来たのです。
手持ち無沙汰の理由はダンザ様が凄い勢いでネギの皮を剥き始めて、お食事の支度を手伝わせて下さらないのです。」
ネギの皮のみならず、盛り付けや味付けにも勢いの感じられる料理が、
皆の集う玄関を入ってすぐの茶の間に並べられたがアキヨリとフミは帰らない。
「遅いですな、束になったとて若様に敵う輩などおらぬとしても、赤子二人を伴っているとなれば、いささか心配もするというもの。
少しそこいらを見て参ります故、皆様は先に召し上がりくだされ。」
ダンザが立ち上がり皆がちょっと待てといった素振りを見せると玄関の戸が開く音がした。
「ただいま。」
「あうーあー。」
「だまいー。」
「すまない遅くなった、心配させてしまっただろうか。
いやーしかし難儀した、やはり見るとやるとでは勝手が違う。」
アキヨリが独り言の様に言いながら、胸に結んだ二つのねんねこを解いていると茶の間の戸が開き皆が顔を出した。
蛇足だがアキヨリがねんねこを胸に結ぶのは、物心ついた頃の一番古い記憶で、自分をおんぶしてくれた兄アキマサに、
おんぶでなく抱っこしてくれとせがんでいたのを覚えており、赤子はおんぶより抱っこが好きなのだという信念があるからだった。
「若様遅うございましたな、たった今探しに行こうかと思い立ったところでしたぞ。」
「おう ダンザ今日は帰ったのか。
心配かけてすまなかった。」
「アキ…何を難儀した?」
ゲンが皆を代表した様に尋ねると、誇らしげにアキヨリは難儀の成果を懐から取り出し、勢い良く高く掲げて見せた。
それらは小刻みにキラキラ輝き、皆何事かと目を奪われた。
掲げた勢いが収まると皆の目には、一寸程 (約3センチ)の六角形のガラス細工が数個 獣皮の紐に結ばれアキヨリの手にぶら下がっているのが見て取れた。
「これを皆に貰って欲しくて鍛治屋の奥を借りて作ってたんだよ。」
その後ろでオタマが首にかけたガラス細工を皆より先んじ受け取ったのを自慢する様に、指で革紐をつまみ揺らして見せた。
「まずこれはゲンに、これはチョウキチだな、ええとマイはこれだ、それでタノスケはこれ。」
アキヨリは一つ一つ確認しながら渡して行き、手に持ったガラス細工はもう無かった。
全て渡し終えたようだ。
「若様 俺とフミ殿には無いのですか?!」
ダンザが不平を露わにすると。
「ああ先に言うべきだった、これはホウライ山の家の工房の俺が割ってしまったギアマンの窓の破片から作ったんだ。
だからすまないけどダンザとフミさんには無いんだ。」
「アキとっても一所懸命作ってくれたよ、バラバラの欠片が溶けて、こんな綺麗になった。」
作業の一部始終を見ていたオタマがまたも自慢げに言った。
「オタマは破片のままを見たのか?!」
フミを除いた皆が驚いた、アキヨリとダンザは聞き覚えのない声とそのやや怒気をはらんだ抑揚に。
他の者は驚きより動揺が勝っているようだ。
声の主は今迄 叫び声以外に全く声を出す事の無かったチョウキチだった。




