私が初めて門限やぶった日 お父さん家の前でずっと待っててくれたよね あの時のお父さんの涙忘れません 私幸せになります
朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足、その生き物とは?
その答えはシジマ アキヨリである。
夜通しニリカに走り回らされ、更に彼女との別れに精も根も尽き果て、明け方は跪き。
昼は鍛冶屋、料亭サガノ屋と奔走し。
そして今とっくに日は落ちていたが、竹槍を杖とし、ふらつく足取りで帰路を歩んでいた。
「あいつら脳味噌が腐っているに違いない。
槍だ相撲だと人を巻き込み、ひっきりなしに暴れおって、大体 軍議の筈だったのではないか?!
ニザエモン殿もニザエモン殿だ、日が沈めば騒ぎも治まるかと思ったが、いつの間にか篝火など用意して。
集中して標的にされる俺の身にもなって欲しいものだ!
しかし御自慢の庭が荒れ放題となり、ざまあないと内心ほくそ笑んでいたが、我が庭が古戦場となったなどと嬉々としておられた。
その後のヘイクロウの話もくどいのなんの。
散々待たされ気の毒ではあったが、あれは行き過ぎだ。
事ある毎に見栄を切って皆の反応に恍惚としておった!
そこでもニザエモン殿だ!
わざとらしく「ほほう。」やら「なんと!それで如何した?!」などと合いの手を入れるものだから、天井知らずに調子に乗るのだ!
予め報告されていた俺の身にもなって欲しいものだ!
ふう…」
アキヨリは灯りの灯る我が家を見上げ溜息をついた。
「しかし如何したものか…
スミトモはここにフミさんを連れて帰ると言っていたが、マイと顔を合わせれば流血の事態になるのは火を見るよりも明らか。
無論血を流すのは俺だが。
マイに見つかる前にどこへかに連れて行かねばなるまい。
亥の刻に帰ると言っていたがスミトモが時間を守った事など今迄あったか?
しかし切ない、いつ戻るか分からぬ二人をこのままここで待つなど、すぐそこにトウカとリクノブがいるのだ。
我が子等よ会いたい、会いたいぞ!」
すると土蔵を改築したシラセ工房職人寮の引き戸が開いた。
因みに土蔵には三枚の扉があるが、シラセ工房職人寮では、外側の重く厚い漆喰塗りの前戸と内側の網戸は終日 開け放たれており、中間にある裏白戸という引き戸を通用の扉に使っていた。
引き戸を開け現れたのはマイだった。
「むぁーい!こ、今晩は、ご機嫌如何でしょうか?」
「ただいまでしょ…おかえり…アキ。」
(もう怒っていないのですか?)
そう言おうとしたアキヨリだが、そんな事を言えば怒られるのは自明の理であるので。
「ただいま。」
とだけ言った。
「わたしも…ここで待つ。」
「えっ?!なんだって?」
「アキ声大きい…みんな聞こえてた…ごめんね…痛い?」
マイはアキヨリの顔にくっきり残る竹槍の跡に恐る恐る手を近付け、触れようとして躊躇いを二度繰り返し結局触れなかった。
「これはフジオカと竹槍にて試合った際に不覚を取ってこの有様。
マイが気に病む事などないのだ。」
「痛いの?…痛くないの?…わたし聞いてるの。」
「物凄く痛い!」
「うふふ、うふふ、うふふ。」
「ははっ、はははは、あははは!」
「アキの歩き方…おじいさんみたいだった。」
「見てたのか?
いや、見てたのかでは無い、ずっと外を見て待っててくれたんだな?」
「知らない…
あっ!来たよスミトモ。」
シラセ工房職人寮の前にも水路はあり、そこに水飛沫と海の男の歌声が急接近して来た。
「しぃ〜ら波乗り越え前のめりのめりめりめぇぇりぃ〜。」
「何だあの変な歌は、なぜ(めり)だけを強調するのだ。
おい!スミトモ、珍しく時間通りだな。
黒焦げになっていないところを見ると、フミさんに狼藉は働かなかったようだな。」
スミトモの小舟はアキヨリとマイの目の前で真横を向いて高く水飛沫を上げ急停止した。
舟から落ちぬよう舵を切るスミトモにしがみ付くフミの動作は、どこか長年繰り返したような慣れた感じであった。
「だから言ったろうよ、散歩して話がしたいだけだって、なあフミ。」
「はい、スミトモ様はあたくしの意にそぐわぬ事などいたしませんでしたわ。
アキ様ご心配おかけしました。
家に入らずあたくしを待ち続けて下さったのですね。
マイ様もありがとうございます。」
「気兼ねしないで…わたし今出て来たばかり。」
「俺もだ、今帰ったところだ。
スミトモ寄っていけよ!」
アキヨリは水路へと下りる坂道を下りて小舟へと手を伸ばした。
「俺はいいよ、帰って子分達に決意表明と洒落込むのよ。
マイ今日も美人さんだな。」
「スミトモは…雌鶏にも美人って言うから…嬉しくないわ。
あれ…二人共…凄くさっぱりした顔してる。」
「なんだって?本当だ!
何だ二人共そのさっぱりした顔は!
まさか同意の上か?!」
「バカ言うなよ、何だかお前フミの父ちゃんみたいだよ。」




