大波と雷鳴
「一番太いなどとつまならぬ欲を張りおって童か?
どれが良いかと聞いたからには従わねばなるまい。
これでよいな?」
アキヨリは誰に言う訳でも無くブツブツと呟きながら、庭の小さな池に架けられた石の橋を渡り。
淡竹の生えた一角に辿り着くなり太刀でフジオカの指差す一本の竹と、その隣の竹の枝を落とし始めた。
「とりゃ!」
そして枝を落とし終わると気合い一閃太刀を振り下ろし、更にかち上げ二本の竹を一刀で切り落とした。
「好きな長さに切って使え。」
フジオカの指定した竹を放り投げるとアキヨリは、自分用に十尺(約3m)の長さに切って、普段扱う槍と比べると短い竹槍を完成させた。
「馬上では御座らぬ故、拙者は今少し短く。」
フジオカは池の手前で竹を受け取り、九尺(約270cm)に切り左半身中段に構えた。
「いよいよ始まりますな、フジオカ殿は稽古と申していたが、いやいやこれは真剣勝負の様相。
ダンザ殿、フジオカ殿はどこまで食い下がりますかな?」
ニザエモンは庭に椅子を持ち出し腰掛けると右隣のダンザに子供の様に目を輝かせ尋ねた。
椅子は横一列に並び即席の観客席となっていた。
「食い下がるも何も、あの様に昂り高揚したフジオカの槍を躱すのは若様とて容易ではありませぬ。
五分五分いや、池やら庭石やら足場の定まらぬばかりが、庭という限れた空間。
間合いを短く取り、懐に飛び込むを得意とするフジオカに分があるか。
しかしニザエモン殿、この見事な庭が荒れ野の如くなるとも限りませぬぞ、本当によろしいのですか?」
「なんと、なんと!これは見ものだ!
荒れ野 望むところですぞ、名勝負の痕跡こそ最高の庭の構成要素。
後で大旦那達に自慢するのが楽しみだ。」
中心のニザエモンの左隣にはジョスイ。
「本当に旦那は数奇者だぜ。
おお!若大将もやる気だ、いよいよおっ始まるぜ!」
「ハァァァア!」
アキヨリは気合いを発し、大上段に構え竹槍を振り回した。
幅六尺(約180cm)の池を挟み対峙したフジオカはそれを合図としたかの様に、全体重を前足から地に突き刺した。
「いざ!」
「応!」
アキヨリが応じるとフジオカは池など意に介さず、竹槍を真っ正面に構えたまま、地に突き刺した全体重を前方に解放した。
「ふん!!」
一瞬で池を跳び越え、間合いを詰めて来るフジオカの竹槍をアキヨリは紙一重で躱し、空中で体勢を変えられぬであろうフジオカに竹槍を振り下ろした。
突きで返すのが最短の動作であるが、竹槍を躱す為、体重は体幹を外れ、更に速すぎるフジオカの突進に対応しきれずままの、苦し紛れとも言える一手であった。
「でりぁぁぁあ!」
フジオカは身体を捻り難なく振り下ろされた竹槍を躱した。
そして躱すだけでなく、捻った勢いそのまま竹槍を振り上げ、アキヨリの竹槍を打ち払った。
「何とぉ!」
アキヨリの懐はガラ空きとなり、眼前にはフジオカの右肩が大映しとなった。
直ぐ様 身体を仰け反らせ、顔面への肩の一撃を躱したが、渾身の体当たりは躱すに至らずアキヨリはフジオカ共々後方に吹っ飛んだ。
「先ずは拙者が一本先取で御座る!
ふぬっ!!」
フジオカは不意に浮遊感に襲われる。
「気が早い!」
吹っ飛ばされた身体が地につく寸前アキヨリはフジオカの胸ぐらを掴み、足で腰を蹴り上げたのだった。
いわゆる巴投げである。
「うわわ!来た!来た!」
フジオカが椅子を並べ観戦するニザエモンの眼前まで飛んで来ると、大喜びで実に素早く椅子の後ろに身を隠した。
「ごゆるりとご観覧なされい!」
フジオカは観客席の手前で竹槍を地に突き刺し、それを軸とし反転し、即座に再び右半身中段に構えた。
「フジオカ見事!」
アキヨリも受け身をとり、首をバネの様に使い立ち上がり、即座に再び大上段に構えた。
「うおおお!いきなりこれかよ、凄えぜアキヨリ殿!フジオカ!」
キリュウは膝を叩き二人を讃える。
「腕を上げた!」
口角をこれでもかと吊り上げ微笑むはアキヨリ。
「アキヨリ様!」
丹田の奥底でフジオカは主君の名を呼ぶ。
「何だ!」
主君は丹田から答える。
「アキヨリ様ぁ!」
大波が割れるかの様にフジオカは主君の名を呼ぶ。
「ぉぉぉ応!」
主君は雷鳴の様に答える。
「アキヨリ様!イスパニアの軍艦がイワヤの港に現れた時で御座った!」
「応!」
「軍議を前にして、アキマサ様は拙者と拙者の率いる足軽隊二百をお呼びになり仰せになられた!」
「応!」
「お前達には最も辛く厳しい役目を言い渡すとぉぉ!!」
「おおおう!」




