あたくし毒婦ですもの
夕刻だった。
あっという間であった。
ニリカが去った後のアキヨリは。
青い唐物の着物を借りた料亭サガノ屋。
槍の修理を依頼していた鍛冶屋。
の順に立ち寄り歩んだが。
借りた着物を返す。
槍を引き取る。
の用事は全て成し遂げられなかった。
そして今ニザエモン邸の洋間の円卓で、頬杖をつき、二つの書類を手に溜息をついていた。
円卓の向かいにはジョスイが座り苦言を吐くが、その顔はこれ以上無い程にニヤついている。
「おう若大将、俺とキリュウそんで今度の主役のヘイクロウはガン首そろえて、昨晩夜通しおめえを待ってたんだぜ。
先ずは詫びの一言が有って然るべきなんじゃねえか?
それに聞いた話じゃ俺達が待ちぼうけの間抜け面してる間に、隣のベッピンさんを抱っこやらおんぶして町中走り回ってたって言うじゃねえか。
景気のいい話だよなあ色男!」
カチャカチャカチャ
「ううむ、返す言葉が無い。
申し訳ない、この通りだ。」
カチャカチャカチャカチャ
「くっくっく、ずっと俺はおめえをガッチガチの石頭だと思ってたんだが。
よくよく付き合って見ると自分に非がある時は、かわいい位に素直に詫びるよな。
くっくっく。」
カチャカチャカチャカチャ
「愚弄するな!」
カチャカチャカチャカチャ
「馬鹿にしてんじゃねえよ、褒めてんのさ、いや尊敬するぜ。
俺ならいくら自分が悪かったと腹ん中で思ってても、難癖つけて結局謝らねえのが殆どさ。
その素直さと二つの請求状に免じて俺達の待ちぼうけの件は許してやるぜ。
くっくっくっくっ。」
カチャカチャカチャカチャ
「ぬう、それならばお前に対する心のつかえは取れたが、この請求状はいかにすべきか。」
一通目の請求状は料亭サガノ屋からの物であり、内容は汚れ破れた唐物の着物を買い取るようとのものであった。
二通目の請求状は鍛冶屋からの物であり、内容はアキヨリの予想した倍の金額であった。
アキヨリには両者への支払い能力は無い。
鍛冶屋は引き取れ無いなら、店に槍を飾って客引きにするから、今直ぐ金を用立ててくれなくても良いと言ってくれたが。
仕上がった槍を手に取るどころか、触れる事さえ許してはくれなかった。
一方サガノ屋の女将はボロボロにほつれ汚れた着物の裾を見て、腹を抱え笑ったが、内心穏やかで無いのは明らかだった。
当然アキヨリのなけなしの全財産はサガノ屋の女将へと支払われるだろう。
「そんなに金が無えならニザエモンの旦那が来たら、無心してみりゃいいだろうに。
槍が無けりゃ東国の赤鬼もカッコつかねえだろう。」
カチャカチャカチャカチャ
「長い暇を貰ったばかりで金の無心など出来るか。
俺の面の皮はそれ程に厚くは無い。」
カチャカチャカチャカチャ
「だったらゲンの字に甘えたらどうだよ。
茶碗が風流かぶれの大名共に馬鹿売れで、おめえの十倍は稼いでるんじゃねえか?」
カチャカチャカチャカチャ
「ゲンには昨晩小遣いを貰ったばかりだ。
それにゲンの稼ぎは俺の給金の三十倍だ!」
カチャカチャカチャカチャ
「ぶっわっはっはっは!
触れちゃいけねえ話だったみてえだな、すまなかった!
ぶっわっはっはっは!」
カチャカチャカチャカチャ
「ぬうううう…」
カチャカチャカチャカチャ
「ぶっわっはっは。」
カチャカチャカチャカチャ
「さっきから、カチャカチャカチャカチャ、よう食べられますな、フミさん!」
カチャ?!
「ぶふっ、だってお腹が減って減って、それにとっても美味しいんですもの。」
青い唐物の着物を着た娘は頬を膨らませ人懐こい笑顔で笑った。
「ぬうううう…ニリカ様より聞き及んだ身の上を案じ、あれこれ気を揉んだのですぞ。
それに覚えておいでか?
ニリカ様との別れを惜しむ俺に何と申されたか。」
「ええと…あたくし何て申しましたでしょうか?」
「道中旨そうなうどん屋を見つけた、もう店を開けているだろうかと申された!」
「あら、あたくしそのような物言いを?
だって夜通しニリカ様とアキ様と、はしゃぎ回って、お腹が減って減って。」
「更に、うどんを食べながら眠られた!」
「だって夜通しニリカ様とアキ様とはしゃぎ回って眠くて眠くて。
ごめんあそばせ、アキ様のお心を、あたくし乱してしまいましたわね。
だってあたくし毒婦ですもの。」
「ぬぐぅ!!」
「あっはっはっは!
フミさん、あんた面白え人だな。
どうだい、今からニザエモンの旦那が主だった奴らを集め。
ヘイクロウの報告を主題にした円卓会議と洒落込むんだが。
それが終わったら俺と飲まねえか?
旨いもん食わせるとこがあるんだ。」
「あら、嬉しい。
でも何があっても後悔しないとお誓いになれます?
だってあたくし毒婦ですもの。」
「あっはっはっは!本当面白え!
おっ?
若大将、皆揃って御出ましだぜ。
ニザエモンの旦那、仰せの通り若大将とっ捕まえて来たぜ。」
ニザエモン邸の洋間には
盟主であるニザエモン
議会の主役ヘイクロウ
ワシノミヤ組棟梁ギンザブロウと義弟ハンシロウ
砲撃相談役のダンザ並びに好敵手ドウゼン
シジマ家、家臣団代表フジオカ
足軽大将キリュウ
海軍相談役スミトモ
の各位が、いずれもニヤニヤしながら、華美な装飾の開き戸を開け現れた。
「何やら愉快な御様子ですな。
おや、アキヨリ殿、また一段と器量を上げましたな。
その美しいご婦人のお話共々、旅の土産話、追い追い聞かせて頂きましょうかな。
それでは皆様、席に着かれた様子、早速始めましょうかな。」
ニザエモンは部外者と思われる、ニリカが身を借りていたフミを気にもせず。
円卓の上座へと座り議会の開始を告げた。




