入道雲
「ニリカ様その羽根は?!」
「案ずるなアキヨリ、ソヤカの羽根では無い。
これはわたしの羽根であ。」
「何と!ニリカ様も!
それだけでは無い、その蜻蛉!
それは黄泉の遣いでは?!
まさかニリカ様!」
「ふふ、既にわたしが死人だとでも案じておるのか?
この蜻蜓共は、わたしの怒りを鎮めんと、自ら贄となった、わたしの臣達であ。
わたしに付き合い、安らかな場所へも行けず、この様な姿となり、わたしの遣いとなり、この世を彷徨うておる。
不憫であ、不憫であ…」
ニリカの声は、一所からで無く、至る所から大気を震わせ始めていた。
その数はオニヤンマ達と合致するのだろう。
「あああ!今迄俺に黄泉からの声を聞かせて下さったのはニリカ様だったのですか?!」
「この者達が勝手にやった事もあったやも知れぬな。」
「ニリカ様は、ずっとずっと以前より、俺を見守り下さっていたのですな。
そうだ!
その羽根があるのでしたら、ことある毎に現れ、俺を導き下され!」
「あまったれるでない!」
「あまったれでかまいませぬ!
どうか、どうか御頼み申す!」
「全くお前という者は…
お前の様に人を惹きつける者が、童の如く懇願するでない。
飛び道具であろう。
それにソヤカの様に重みのある物は羽根に出来ぬし、わたしが羽根に出来るのはわたしの精神だけであ。
精神だけ飛んで来たところで、誰彼構わず取り憑けぬし、この娘にはもう取り憑く事は出来ぬのだぞ。
知っておるかも知れぬが一つ教えておく。
守人にはそれぞれ得意な技がある。
遠き土地に暮らすナガヨリに、会いたいが一心で羽根の力を極めたソヤカ。
人の想いに心を重ねたいが一心で、それを目で見る迄に至ったお前。
言葉を思うがままに話せぬ、ゲンノスケ達と言葉を交わしたいが一心で、人の夢の中に現れる技を身につけたリッカ。」
「何と仰せになられた?!
リッカが夢の中に現れる技など身に付けていたなど初耳です!
いや、俺の夢に幾度も現れてくれた!
リヨウと遊ぶリッカを夢に見た。
吹雪の中佇み俺を待っていてくれるリッカを夢に見た。
俺にドーマンの印をつけてくれた!」
「今頃気付いたとは呑気な奴であ。
それなら知らせずにいれば良かった、しくじったわい。
しかし、お前達の間に割って入るのは至難の技らしいな、だか今に見ておれよ。」
「え?!何と仰せになられた?」
「ふふ、そのまま豆鉄砲を食らった顔でおれ、いい気味であ。
だが笑顔で別れを告げられるな、さようならアキヨリ。」
白い羽根は、より一層広く大気に溶け込み、より一層高く昇って行く。
それはアキヨリの目に真夏の入道雲の様に映った。
「分かった!分かったぞ!」
「もうすぐお互いの言葉は通わなくなる。
何が分かったかは知らぬが、お前からも別れの言葉をおくれ。」
「なぜイズモの国名に出雲と大陸の文字が当てられたか、蜻蛉となってまでニリカ様に付き従う御家臣達と、入道雲を見て分かったのです!」
「入道雲?」
「ニリカ様は入道雲を見上げ、ロロギを待ち続けたと仰せになられた。
それはニリカ様がホウライ山へと赴かれた後も続いたのだ。
残された御家臣とイズモの民は入道雲を見上げ、いつ迄もいつ迄もニリカ様を待ち続けたのだ!
根拠など要るものか!
きっといつか俺はこの目に見るだろう、入道雲を見上げニリカ様を待つ出雲の民を!」
「アキヨリ!アキヨリ!アキヨリ!
ああアキヨリ!
最後っ屁を食らわせおったな!
わたしは一人すねくれて独りきりになった積りが、独りきりになどなっていなかったのだな!」
「いかにも!
そして今も独りきりにでは御座らぬ!
それ故別れの言葉など申さん!
再び間見える日を御誓いするまでで御座る!」
「それならばグァンユウの教えてくれた大陸の言葉が良い。
再び見ると書いて再見であ!」
「ニリカ様再見!」
「アキヨリよ再見!」
アキヨリはいつ迄も、入道雲が西の空へ飛び立った後も、いつ迄もいつ迄も見上げていた。




