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六角の花   作者: フミ
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強い気持ち 強い愛

とん とん とん


猫の子が胸の上を跳ねているかの様だった。

先程の嫉妬のあまりに、腰から肩から、振り回すだけ振り回された拳では無かった。

ニリカのアキヨリへの心情は、感謝を少しだけ通り越し、ほのかな憎さを帯び、それを表現するのは、持ち上げて唯落とすだけの拳が丁度良かった。


「全くお前という者は…

ヨシツネに母の記憶を取り戻させた時といい…

憎ったらしい!」


「憎ったらしいとは無体なお言葉。」


「余程己が事の如く親身にならねば成せぬ業、やはり憎ったらしい。」


「大切な事を忘れ、何を忘れたかも思い出せぬ辛さは嫌という程味わい申した故。」


「お前のこれ迄辿り来た道も、苦難と一言で片付けられぬ辛き道であったな。

お前の仲間達も同様であろう。

なのに何であ、その底抜けの陽気さ、その思い遣り…

お前等は…お前は特に馬鹿であ!」


「我等は己に出来ぬ事など無いと勘違いしております故。」


「ふふふ…

それを希望というのであ。」


またアキヨリの胸で子猫が跳ねた。

今度の子猫は驚く程の跳躍を見せアキヨリの胸からいなくなった。


「だぃ!ニリカ様!」


アキヨリは仰向けのまま、ニリカの行方を目で追うが、目の前を無数の何かが通り過ぎて、呆気なく見失った。


「そのまま寝ておれ、さらばだアキヨリ。」


その声は先程ニリカがいた桟橋の辺りからだった。

だが先程と違い桟橋を構成する板の軋む音が聞こえて来ない。

無数の何かが頭の上を周回して飛んでいるようだが、そんな事はどうでもよい。


「ニリカ様!今暫く!」


「それはさっき聞いた。

それにその顔は何であ?

お前の為に苦難を超える苦難に挑む者に見せる顔では無いぞえ。」


「俺の為?!」


「そうお前の為。

わたしはお前の為にホウライ山へ戻る。

なあアキヨリ、お前の兄であり主君であるアキマサは、命懸けで挑まねば成し遂げられぬ命(めい)を下す時、

どの様な顔であった?」


「今答えねばなりませぬか?!」


アキヨリはぐらつく足を引き摺り一歩踏み出した。


「そう、今答えよ。どの様な顔であった?」


「決まりきっております、眉間にシワを刻んだ険しき御顔です!」


「それを見てお前はどう思った?」


「重き役目を仰せつかった、しくじる訳には行かぬと思い申した。」


「そうではない、どんな気持ちになったかと聞いた方が良かったな。

どんな気持ちになったかえ?」


「どんな気持ち…」


「いろいろあるだろうが一番強い気持ちであ。

不安になったか?恐れを感じたか?」


「いや…安心し申した。」


「ならば わたしが安心出来るような顔をしてみせろ。」


「出来ませぬ!」


「試しもせずに。

お前は兄に託されたのだ、超えねばならぬ兄を超えようとせぬのは怠慢であ。」


「兄上を超えるなど俺には出来ませぬ!」


「アキマサは望んでおるぞ!」


「ぬうう!こうで御座いますか!」


「あははあはは!悪くないぞ。

ではアクヤに跨り死地に赴くお前の胸にあるのは何であった?」


「希望で御座る!

もし武運及ばず俺の命絶たれようと、必ず兄上はそれを礎とし、俺の夢を叶えて下さると。

俺の胸は他のものが入る余地など無い位、希望で膨れ上がっておりました!」


「そう人の上に立つ者とはそういう者であ。

お前を信じる者を礎とし利用し共に見る夢を叶え成し遂げるのが、お前の天命であ!」


「利用するなど俺には出来ませぬ!」


「ダンザエモンもキリュウも、お前に付き従う者達はそれを望んでおるぞ!

その覚悟無しに人に優しくするで無い!

己の命を懸けて迄、その者の痛みを取り除こうとするで無い!」


「ぬうう!

俺はあまったれだと仰せか?!

その通りで御座る!」


「ならば兄を超える第一歩として、お前を信じ、お前の為なら命も惜しくない、このわたしに言え。

俺の為にホウライ山に戻れと。

俺が行く迄信じて待てと。

それならばわたしは何も怖く無い、辛くも無い。

灼熱渦巻く真っ暗で希望だけを胸にお前を待ち続けられるのだ。」


「うううう!!

ああああああああ!!」


アキヨリの歩みは止まった。


「すまなかったアキヨリ、酷であったな。

ならば最後にわたしの名を呼んでくれ、だが間違っても様などつけるな。」


「うあああ!

ニリカ!

俺の為に戻ってくれ!

必ず!必ず行くから待っていてくれぇい!!」


「ああ…アキヨリ…

わたしは幸せであ…」


ニリカの微笑みを朝日が照らすと、その胸元から白い羽が溢れ朝日に溶けた。

その白い羽に遅れまいと、アキヨリの視界を遮り、頭の上を飛んでいたオニヤンマ達が白い羽に溶けて行った。



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