暫く
「見えたであろう?
ならばアキヨリよもうそこを動いてくれるな」
そう言うとオオクニヌシは背を向け鉛の様に黒く輝く水鏡に視線を落とした
「人として生きた頃の朕そのままであ
背丈もお前とそう変わらぬ
アキヨリよ今の朕の姿忘れてくれるな
アキヨリよ…さ…さら…」
震えていたオオクニヌシの後ろ姿にアキヨリは震える唇を見た
そして震えるが故 音にはならない一つの言葉も見えた
「その言葉仰せられるな!」
弓を引くが如く両足に込められた力で一歩目の右足を矢の如く放ち
続いて放った左足の矢は大地というこれ以上ない大きな的を外し空を射た
大地を蹴りオオクニヌシへと進む筈の力はアキヨリの体を宙へと舞い上がらせ上下定からぬ状態にさせた
疲労や焦りがそうさせたのではない
熱気と冷気の乱気流がアキヨリを飲み込んだのだった
「なぜだ!なぜに訳を告げて下さらぬ!
なぜこの様な仕打ちをなさる!」
背を向けたままオオクニヌシは答える
「お前の事だ見当はついておるだろう」
「自分で見当をつけた理由などで納得などできるものか!」
「そうであるな 都合が良過ぎるな…
朕が人の身を借りこうしてお前の前に現れた事は見抜いたな
朕が姿を借りたこの娘は人攫いに連れ去られる途中ホウライ山中でお前達の倒した塔の倒壊に出くわしたのであ
人攫い共は突然現れ倒れて来た塔の下敷きなり
この娘は間一髪何を逃れたそうであ
しかしどうやら人攫いに家族を殺められたようで自暴自棄となり自ら命を絶たんとしていた
そこで朕はしばらくその身を貸してはくれぬかと持ちかけたところ
どうせもう無いような命と承諾してくれたのであ
今やその娘の姿は失われ朕そのものとなってしまった」
「もしや大王がその娘の身を借り続けたならその姿だけで無く
その娘存在そのものが大王のそれとなってしまうのですか?!」
「おそらくそうなるであろう
一人の命いや存在自体を犠牲にしてまで朕がお前と共にあり続ける事など出来ようか
そしてさらに恐れるべき事がある
朕の姿そのものになるであろうという事はこれだけでは済まぬのだ
アキヨリよホウライ山の地中深くある朕の姿が今の真の姿であ」
「もしや!!」
「分かってくれたようだな
このまま朕がここに居座り続けたなら
十二の翼をのたうちまわらせる禍々しい炎の化身がこのサカイの街を焼き尽くす事になるのだえ!」
「ぬううううう!!ああああああ!!」
バアアアアアァァ!
アキヨリが叫ぶと同時に乾いた炸裂音と土埃が舞い
直様土埃を突き抜け熱気と冷気の乱気流を振り切り突進するアキヨリが現れた
「後生であアキヨリ!
このまま朕を行かせておくれ!」
再び乱気流がアキヨリを襲う
「俺にはどうすれば良いか分からんし
どうにか出来る力も無い!
だかこのまま大王を行かせるなど出来ん!!」
アキヨリは乱気流を睨みおびただしい数の歯車を放ち地にねじ伏せた
「朕の多々良の力から抜け出すばかりでなくねじ伏せるとは
散々走り続け疲労困憊であろうに
なぜそのように…
朕の為か?!
朕の為に力を振り絞ってくれているのか?!」
「問うな大王!ただ今暫くそこにおられよ!!」
言葉の力強さとは逆にアキヨリの突進は見る見る力強さを失い
ついには足を縺れさせる様に膝をついた
強大なオオクニヌシの力に対抗するには相当の力を要したのだろう
しかしそのような事柄はアキヨリの歩みを止めるには事足りない
足が駄目なら腕があり腕が駄目なら肩と首がある
「暫く!今暫く!!」
「アキヨリ!ああアキヨリ!!」
オオクニヌシは又も熱気と冷気を放った
しかし今度はそれから派生した気流の渦はアキヨリを抱き起こした
「戻りたくない!わたしはもう戻りたくない!」
オオクニヌシにはそこにとどまるなど出来なかった




