境界線
「うああああああ!!」
アキヨリは叫び
叫んで再び勢い良く仰向けに寝返りその勢いと葛藤を殺すが如く右腕を地面へと叩きつけた
「俺とて承知しております!
事実 乱世の終結を誓い合った友に裏切られ窮地へと追い込まれ申した!」
地面に叩きつけたられた右腕は懐の懐紙に包まれた杯の欠片を掴んだ
「だが矮小で脆い精神を引きずり生きる俺にとって天運 宿命に簡単に引き裂かれる絆こそがたった一つの拠り所なのです!
それを形にしたこの様な欠片などに縋り付くのが何故悪い
大王はこんな俺に命を預け付き従ってくれる者達を疑い続けて生きて行けと仰せか!」
「違う!断じて違う!!」
オオクニヌシはアキヨリへと一歩だけ駆け出し思い止まった
そして距離を置かなくては伝え聞かせられない何かを口にする
「朕は心に傷を負うなと言いたいのだ!」
「心に傷を負うな?!」
(心に傷を負うな)
アキヨリの好奇心はその言葉の虜になった
オオクニヌシの真意がそこにあると彼の直感が確信したのだ
「そうであ お前は裏切られようと心に傷を負ってはならんのだ!」
(その様な事はあり得ぬ)
そのアキヨリの異議は口を出る前にその真意を求める自らの好奇心と捲し立てるオオクニヌシに遮られた
「人は裏切られたと感じたなら必要以上に心に傷を負い信じる心を失い人を遠ざける
何も背負うものが無い者ならば世捨て人になれば良いだろう
しかしお前は違う!
いくら心が痛もうが家臣を民を愛し続けなければならぬ
朕の様に家臣を民を遠ざけ
無慈悲な王と陰で罵られ更に人を遠ざける螺旋に陥ってはならぬ!
痛みに耐えら無く人を愛するなど出来ぬというなら
お前の痛みは全て朕が引き受ける
だから痛みを感じているのはお前では無く朕だと思えぇ」
「大王…」
「心に穴が開いて虚無に囚われ気力を失い何も出来ぬというなら朕の心でお前の心の穴を埋めよ」
「大王!」
「もし天運尽きて誰もがお前の元を去る様な定がお前を待ち受けていたとしても恐れてはならぬ
孤独を恐れる者は人を疑い
猜疑心がもたらすものは常に孤独であ
たとえお前が自分を見失い人を愛する心を失くし
今のお前とは似ても似つかぬ怨みと憎しみの化身となっても朕の心はいつ迄もお前と共にある
お前を愛し続ける!
お前は決して一人きりにはなれぬ!」
「大王!大王ぅぅぅ!大王おおおお!!
大王の俺への慈しみの言葉の数々
訣別の言葉と聞こえ申す!!」
「夜が白み行く
アキヨリよそこから朕の姿が見えるかえ?」
アキヨリは既にオオクニヌシとの距離を消し去ろうと両足を大地へと突き立てていた
前傾した身体から反り上がる首についた両の目には
まだ顔を見せぬ日輪から水平線を越え漏れ出す朧な陽光の中に立つオオクニヌシが映っていた
その頬には光と闇の境界線があり
彼女の心情はその境界線を流れ落ちて行っていた
それ故アキヨリはほんの刹那見逃し
見逃した事を恥じた




