乙女心
「ふぅー…如何したものか」
アキヨリは櫂を漕ぐ手を止めた
疲れたと漏らしたオオクニヌシの身を案じ
小舟を一艘借り街中に張り巡らせれた水路を進んでいたアキヨリは櫂を漕ぐ手を止めた
分かれ道に差し掛かったのだ
「どうしたのだ?アキヨリよ
舟が止まっておるぞ」
小舟の中ほどに腰掛けたオオクニヌシが
船尾で櫂を持ったまま思案顔のアキヨリを振り返った
「休める所でしたな
しかしフジオカ達の武家長屋に大王を連れて行くのはどうも気が引けて」
「ふふふ どうやらそこにも 朕を伴い参ったならお前を殴り飛ばす者がおるようだな
大体お前ほどの器量を持つならば側室や妾がいたとて誰にはばかるものでもあるまい」
「何を申されるか
リッカは俺を信じて待ってくれておるのです
それに大した稼ぎや領地も無いのに側室など
お連れしたくない理由は汚いのですあそこは
男やもめに蛆がわくと言いますが
あいつら万年床の上で飲み食いして
酔いが回ったらそのまま寝てしまう有様で
先だって敷きっぱなしの布団を引っぺがしてまわった処
見知らぬ虫やら毒々しい色のキノコが生えておりまして
坂東武者の恥を晒すようなものでありますし
女人であり大切な客人である大王をお連れしたくないのです」
「あはは あはは あはは
朕も家事や片付けなど一切できぬぞ
なにしろ王であったからな」
「ニザエモン殿の屋敷なら大王に相応しいかと思いますが
行けばジョスイ達が待ち受けており
やれ策を示せだなんだと催促し
そう言っておきながら俺の策が気に入らなければ無遠慮に噛み付いて来るに違い無い
今日はそんな気分ではあり申さん」
「せっかく朕と二人きりになれたのにか?
ふふふ ふふふ」
「そうですよ
大恩ある大王をおもてなししたいのです
楽しんで頂いて少しでも多くの笑顔を頂きたい」
「ふもっ!
あの その えーと
ならばだな あの娘と同じ物を着てみたい」
オオクニヌシは水路と並行する通りを行く着飾った娘を指差した
「何ですと!
あれはあの特定の職業の特定のいでたちでありまして…」
「あのような なりの朕と一緒におったら至る所でまた殴り飛ばされようか?
ふふふ ふふふ」
「むう…決してそのようには…」
「朕はな暗い地中に千猶予年もな…」
「分かり申した!
しかしもっと上品な物をお召し頂く
ならばこちらの道だ」
アキヨリは勢い良く右の水路へと漕ぎ出した
行き先は最も賑わうサカイの中心部である
旅籠と料亭を兼ねるサガノ屋の一室から漏れ聞こえるのは
流麗ながらも勇壮な機内の音色とは一線を画する笛の音である
「ねぇ 笛の旦那ぁ次はさぁ
胸の奥がぎゅうってなるやつ吹いてよぅ」
「ん?
古の賢者 諸葛孔明は言の葉のみで敵の心の臓を苦しめ落馬させたというが
俺の笛にもそれが可能だろうか?」
「何言ってるか分かんないよ旦那
あたいが馬鹿だからって煙に巻くんじゃないよ」
「すまん すまん
そんなつもりで言ったんじゃないよ
しかし待たせるなあ」
その一室ではサガノ屋に勤め始めたばかりの娘が話し相手としてアキヨリと同室していたが
ひっきりなしに笛を吹くようせがむのでアキヨリは折角の料理と酒を一口も口に出来ずにいた
「まあいいか
大王と一緒の方が尚更美味かろう」
「アキさーんお待たせー」
奥から女将の声が聞こえると間も無く襖が開き
薄い青を基調とした唐織姿の女が現れた
「似合うか?」
「はぁぁ…
お似合いです見違えました」
「そうか そうか女将礼を言うぞ」
微笑むオオクニヌシの後ろではサガノ屋の女将が微笑む
「しかし大王お召し物のせいでしょうか
お顔立ちが先程とは少し違って見えますが気の所為でしょうか?」
「どの様に違うか?」
「目鼻立ちがくっきりとなった様に見えます
南蛮の娘のようです」
「そうか…」
オオクニは表情を曇らせた
「そうではありませぬ
その なんだ あれだ
お美しゅうございます」
「そうか そうか」
オオクニヌシは作り笑いが下手だった




