帰還
サカイの港の昼下がり
秋の空の青は海の青の分量を遥かに上回り高く起立して
頭上に乗せた日輪からは下界へと乾いた陽光が放射されている
二つの青と陽光をかき分け入港するはアキヨリ達の便乗した貨物船
舳先に立ったヘイクロウが港の桟橋に渡した接舷の為の綱を全力過ぎる全力で手繰り寄せる
その肩をキリュウの手が叩いた
「おい ヘイクロウ速すぎやしねえか
慌てるんじゃねえよ
桟橋にぶつかっちまう
船の仕事は船乗りに任せりゃいいじゃねえか
船をぶっ壊して安い給金から差っ引かれても知らねえぞ」
「気が急いてならんのだ
チクゴで見聞きした事一刻も早くジョスイ殿の耳に入れねばならん
アキヨリ殿
御家人と御子息の御顔を御覧になられたなら急ぎ来て下され
お二人の頭脳が揃えば必ず我等を導く道を示して下さいましょう
まだ日暮れまでしばらく時が御座る
ジョスイ殿なら貯水池普請の指揮を執っておられましょう」
積荷の木箱を机代わりに筆を走らせながらアキヨリが答える
「ああ すまん
工房に寄ってから行くよ届ける荷物があるのだ
ダンザ陸だぞ もう吐かずにすむぞ
キリュウ お前はどうする?」
「俺もヘイクロウと行く
いの一番にジョスイの旦那に報せなきゃ義理を欠くからな」
キリュウは空の酒瓶をかざして言った
「ああ そうであったな
俺も共に行くべきだな
大王 これで間違いありませんな」
アキヨリが筆を止めると肩越しにオオクニヌシが木箱の机を覗き込んでその上の半紙を手に取り
まだ乾いていない墨汁を気にしながら自らの眼前に持って行った
半紙には見取り図らしい図が記され
封神壇と銘がうたれていた
「うむ
間違いないな
塔の崩壊する刹那よくこれだけを視認して記憶したものだ
だが夢々忘れるでないぞ
東西南北にそびえる四本の塔とリッカが囚われし不凍池殿 以外は日々姿を変えておる
視覚を惑わす結界を破るまではドーマンを怠るでないぞ」
「はっ
しかしリッカが囚われし壇…封神壇でしたな
それが義父上の塔と同じ仕組みで建造されたとは驚きでした」
「うむ
始めは小さな建造物であったが日々成長する様に今の巨大な建造物群となって行ったのだ
お前とリッカの祖先にあたるトキサダとヨシサダが東西南北に三つずつ
それと不凍池殿に一つ
お前が巨大タマネギと言っておった鉄産球をアキの国の民達と製造 設置したのだ」
「しかし凍らぬ池
万物が凍りつく温度でありながら凍らず
下手に手を出せば池の水は瞬く間に凍りつき
リッカは無事で済まぬとは
義母上と戦いながらのリッカの救出は容易ではありますまい」
「ふふふ
そう申しておきながら お前の頭の中では幾つもの策がとぐろを巻いておろう
朕は憂慮などせぬぞ
お前なら必ず成し遂げるであろう」
「うぬぬ
いささか買いかぶりですが成し遂げて御覧に…」
「おおおおい!」
アキヨリの言葉に覆い被さった「おおおおい!」は確かに自分達に向けられたものだと感じたアキヨリは
声のした桟橋の向い側に目をやった
そこには傷だらけの関船と呼ばれる中型の軍船が停泊していた
関船には俵が山積みになっていて
俵の中身を確認しているのか俵に短刀を刺していた男がこちらを見ている
アキヨリは一見 南蛮人かと思ったが
格好だけ南蛮人のサナガ ジョスイだった
「おおい たまげたぜ!
ヘイクロウよ骨折りだったな
若大将一行と一緒だったのかよ
早くおめえが見聞きしたもん聞かせてくれ
おう!若大将
俺んとこの厄介もんの申し出
まさか断っちゃいねえだろうな!」
アキヨリはスッと立ち上がりジョスイに向け深々と頭を下げた
「サナガ ジョスイの至宝にしてオウミの旋風 キリュウ マサナオ
確かに我が家中に貰い受けた!
キリュウに見合うものなど俺は持ち合わせてはおらぬ故
唯々御礼申し上げる!」
「へっ!
厄介もんだ 持て余さねえように気を付けな
キリュウ!
その…なんだ…まあ毎日これからも顔合わせるだろうし…
楽しくやれよ!」
キリュウはアキヨリとジョスイ両者に代わる代わる頭を下げた
「ジョわぅ…アキぅ…」
そして心中を言葉にしようと何度か試みたようだが無理だったようだ
そのキリュウの肩を力強く腕を置いたヘイクロウが問う
「ジョスイ殿 ヘイクロウ無事帰還いたして御座る!
しかし本日はこの様な所に如何なる御用向きで御座るか?
積荷の検品などジョスイ殿の仕事では御座るまい
そしてその関船 数多の戦場をくぐり抜けて来た事 一目瞭然
一体何事で御座るか?!」
「ああ これな
いやあ まったく助かったぜ
これも若大将 おめえの人徳ってやつかよ
おう!サカキバラさんよ どこ行っちまったよ?!」
「サカキバラ?!」
その名に聞き覚えがあるのかアキヨリは目を見開き辺りを見渡した
そして歴戦の関船の帆柱の上に目を止めた
そこには片足で帆柱の頂点に立ち右手を高々と上げた
格好いいのか悪いのかどっちつかずの姿勢をとる人影があった
人影は名乗った
「イセの炎龍サカキバラ ドウゼン只今参上!」
「おお!来てくれたんだなドウゼン!」
アキヨリは頬を輝かせた
「シジマ アキヨリよぅ
俺はぁぁ貴様の傘下になどぅならん
よって貴様の要請に応え馳せ参じた訳ではなぁい!
アンドウ ダンザ!
貴様との決着をつける為ぇイセの地より参上したのだぁ!」
「分かった 分かったよドウゼン
来てくれて本当に嬉しいよ!
ダンザ ドウゼンだぞ!
いつまでゲロゲロやってんだよ」
桟橋とは反対側で海に上半身を乗り出し吐瀉し続けていたダンザが目を輝かせ振り返った
「ドウゼンじゃないか!
久しぶりだな
イセ攻めの時はお前の鉄砲に手を焼いた
だが味方となればお前程 心強い者はいない
礼を言うぞドウゼン!」
「うん」
そう言うとドウゼンは先程の啖呵とは打って変わり
小さな動作で帆柱を下りて来た




