命の地図
波が船の舳先を押し上げ
舳先と船尾に掛かる異なる力はいく枚もの板により構築される船のいく枚の関わりを僅かにずらし軋ませる
波は飛沫に姿を変え元いた所へ帰って行く
波が船の舳先を…
静寂に分類される一連の音どれかをきっかけにしたのかしなかったのか
アキヨリはオオクニヌシの居る左側に直角に向き直り両拳をついて頭を深々と下げた
「大王!」
「何だえ?!」
「大王が御自分の蹉跌と仰せの道標このアキヨリしかと受け取り申した!」
「ほほう!ほほう!」
「何です?!」
そう言いながら顔を上げたアキヨリの顔の軌道を予期していたのか到達点にオオクニヌシの顔があった
「うわっ!
何がほほうなんですか?!」
後ろに飛び退きついた尻もちにオオクニヌシが答える
先程迄の神妙さは影を潜め悪戯めいた笑みを浮かべている
「粋というやつだなアキヨリよ
まずな話し終わった朕は気恥ずかしいというか
あれだけ仰々しく煽っておきながら話さなければ良かったなどとほんの少しだが感じたのだ
それでお前に向けた視線を夜空に向け
なんとなく落ちつき気恥ずかしさも薄らぎ
お前が黙って何も言わないのが少し不安になって何か声を掛けなければならぬか
されども何と言ったらよいやらと思案し始めたところに
「大王!」
と来たものだ
粋だのう粋だのう
どうやったら身に付く?
ナガヨリが熱を上げていた茶の湯か?
お前の得意な音曲か?
ん?ん?」
「大王何です そのはしゃぎ様
俺は心底感じ入っていたのですぞ」
「ううむ
それは粋では無いな
朕の照れ隠しに気付かぬとは」
「んぐっ!
これは無粋でした 御勘弁を」
「ふふふ
朕の昔話はこれで終いだが
言って聞かせたい事は終いではない
一つは先程の火の鳥の事であ」
「はっ
俺も大王やヨシツネ公の様に火の鳥となる公算が高いのでしたな
是非お聞かせ下され」
「うむ
先ず知っておくべき事柄が二つある
一つは命の地図についてだ」
「命の地図…
聞き及びませねそれは一体?」
「朕が名付けたからな
博学のお前でも知る訳はないな
お前がその姿形となった理由であ
生きとし生けるもの全てに命の地図があり
父母から受け継ぎ人それぞれ違い
その地図に沿って目やら腕やら内臓やら体を構成する全てが形作られているのだ」
「そんな物どこにあるというのです?」
「体の至る所にある
目には見えぬ程微細である故一概に信用出来ぬとは思うが
話が先に進まんから鵜呑みとせよ
更に朕やお前それにお前の妻リッカ
全ての多々良の守人と御山の守人の命の地図には共通の部分がある
いや
ほとんど同じと言っても良いのかも知れん
ヨシツネの顔を見て驚きはせなんだか?
お前と瓜二つであっただろう?」
「はっ
俺の祖先に当たる方だからと思っておったのですが
そう言えは義母上が申していた
若き頃の義父上と俺は良く似ていたと
それに…」
「ソヤカとリッカも親子の範疇を超えて似ておるであろう?
朕の顔はお前達と似てはいないが
それは朕が後天的に力を身に付けたからであ
命の地図については一まずよいな
次は火の神の正体についてであ」
「それは地下深くたぎる溶岩の事ではなかったのでは?」
「そうであ
だがそれだけでは足りぬ
火の神とはこの世の始めより存在する燃え盛り膨張しようとする意思であ」
「全く分かりませぬ
とある人の意思なのですか?
それともこの世の道理 森羅万象を意思に例えているのですか?」
「後者が近いな
上手く説明は出来ぬがこの世には広がり行こうとすり意思があるのであ
そしてその逆 集まり集約しようとする力もある
我等の住む大地は一旦弾け飛び集約し形作られたのだ
そして生まれて間も無い大地はたぎる溶岩の塊であったのだ」
「にわかには理解出来ませぬが
今のこの大地の姿は溶岩の塊が集約しようとする力により冷え固められたという事でしょうか?
まるで多々良の守人と御山の守人のようですな
してその二つがどう繋がるのです?」
「そう 繋がるのであ
地下に閉じ込められた膨張しようとする意思は
再び地表を空を炎で埋め付くさんとし続けておる
唯の道理であった存在は人間の知恵を取り込みその手段を画策したのだ
その手段というのが人間の命の地図を己の力を宿すに耐えるよう書き換え
最終的にはお前達が火の鳥と称する化け物と化し己の意思を乗り移し
意のままに大地を空を跳梁跋扈するという事であ
それを許せば日の本のみならずこの大地全ては灼熱地獄となるであろう」
「我等は命の地図を書き換えられた者という事なのですか?!
しかしどうやって?
それと話が少し戻りますが火の神はどの様に人の知恵を得たのですか?」
「問いは一つ一つだで
朕は同化してしまった火の神に知恵を奪われ己の名を忘れる程に馬鹿になっておるのだ
一つ答えたな」
「では大王を誑かした知恵はどこより得たのです?」
「おそらくではあるが
朕の生まれし時代より昔ホウライ山が噴火し
生贄を以って鎮めようとしたらしい
その者の知恵を取り込んだと朕は睨んでおる
人の命を書き換える手段であるが
ヨシツネにより再びホウライ山が噴火した際に
祟りがあり多くの人々が噴火の被害とは別に命を落としたのは知っておるか?」
「はい アキの国の守護大名を起源とするジョスイという者より聞き及んでおります
まさかそれが!」
「そう古来より僅かではあるが地表に漏れ出しおったのだ
命の地図を書き換える瘴気が
それが噴火により大量に噴き出し人々は命を落としたのだ
中には死に至らず我等の様に命の地図を書き換えられた者もいたが
最も火の神に悟られる前に朕の意思を憑依させてもらった」
「予言で人々を救った文殊坊ですな!」
「よく知っておるな
その者は未来を予知する力も身に付けておった
それを利用させて貰ったのだが
坊主も朕もバカで思い付いた事を片っ端から口にし
お前の一族に迷惑をかけた
すまぬな」
「ぬううう
シジマ家がアキの国を奪いに来るという予言ですな
その様な経緯があったとは
しかし大王は人々を救おうとしたのだ
それにアキの国の民の権力を憎む心に変わりは無かったはず
大王を責めるは見当違い
最後に一つ答えて頂きたい
大王はその様な雲を掴む様な事柄をどの様に知ったのです?」
「朕は火口に身を投げてから意識が無かった
死んだと思っておったし
身を投げる前から心は死んでいた
しかし朕を呼ぶ声に目を覚ました
ヨシツネであった」




