炎の目覚め
アキヨリは三尺先の空間を凝視した
そこにリヨウの顔を立体に思い浮かべているのだ
「もしリヨウを喪ったなら俺はどうなるだろう
リヨウがジョスイに捕らわれるまで俺はその問いから逃げて来た
危うい目に合わせたくない思いから戦には連れては行かなかったが
遠征する俺について来るようになってしまい
ついて来るなと叱れば巧みに身を隠す手段を身に付け
槍を持った俺にじゃれついたりしていつの間にか信じられない程の強者になってしまっていた
リヨウなら戦で後れを取る事などないだろうと
リヨウと離れたくないばかりに
俺は無理矢理己を納得させていたのだ
リヨウを喪ったなら
ジョスイの陣を奇襲する前夜俺はその答えを出した
その真っ暗闇に大王は見舞われたのだ
しかし何故ロロギは死んだのだ
千年鷹はその名が表す通り百年はざらに生きる長命だし
自然界で彼等を脅かす存在など皆無
自ずとその答えは…」
「…を振り絞りロロギは」
「いかん!
余りに悲痛で俺の身に起こり得る話に我を忘れていた」
オオクニヌシの心情を思い計るに没頭してしまったアキヨリは
話を聞き逃したと思わず小さく肩と首をオオクニヌシの方へ向けた
その動作の理由は伝わってしまったようだ
「アキヨリよ惚けておったな」
「申し訳ありませぬ」
「よいよい
朕の心情に寄り添ってくれていたのであろう
ロロギはな深傷を負いながらグァンユウの便りを朕に届けてくれたのだ
竹簡にはこう記されていた
厚意に後ろ足で砂をかける様に朕の集落を出て行った
グァンユウの仲間達を恨んで朕の一族が渡来人の国に攻めてくるのではないかと疑う者が現れてしまった
不安に駆られその者が触れて回ると
皆同調してしまい
ロロギがグァンユウの元にやって来るのはグァンユウが朕の集落と内通しているに違いないと
手が付けられない程の混乱になりグァンユウは捉えられ
やられる前にやれと戦の準備が始まってしまった
なんとか戦を避けたい
少数だが仲間はいる
次にロロギがやって来たなら極秘裏に仲間がこの竹簡をロロギに託す手筈になっている
戦を避ける知恵を貸してくれ
最悪の場合の備えをしてくれ
とな…」
「手筈通りには行かなかったのですな
しかしロロギは使命を全うした
古代の勇者の忠節と苦痛に耐えた抜いた不撓不屈の精神
このアキヨリその名と共に深く胸に刻み我が鏡といたす!」
「アキヨリよ…
ありがとう…
ロロギはお前の胸に再び生を受けたのだな」
「いかにも!」
「うむ…」
オオクニヌシは二度三度頷き
そして意を決したように再び語りだした
「朕が族長である父にこの変局を告げると
父は対策を検討する為周辺の族長を招集した
皆が力を合わせ対抗するべきとなり
父が代表を務めることとなった
朕の集落で暮らした渡来人のもたらしてくれた書物には孫子呉子の兵法書もあり
物珍しさから手当たり次第に読み漁っていた朕が相談役とさせられた
先ず手始めに父が朕に命じたのは武器の製造
すなわち製鉄であった
砂鉄と大量の薪を得る為森が切り崩された
朕の愛した美しい森は醜い荒野となって行った
渡来人から伝え聞いただけの知識での製鉄は容易には実を結びはせなんだが
朕は取り憑かれるが如くのめり込んだ
戦を避けたいと願いながら
心の奥底ではおそらく惨たらしく扱われているだろうグァンユウ達の復讐
ロロギの仇討ちを宿願としていてそれがそうさせているのかと思ったが
そうではなかった
朕は炎そのものに魅入られていたのだ
どう表現したら良いか分からぬが
朕は炎と同調し同化して行った
お前なら分かるであろう?」
「多々良の力に目覚められたのですな」
「そうであろうな
その感覚を得た後
安定して出せなかった高熱がいとも簡単に出せるようになり
強靭な玉鋼を製造することに成功した
ロロギの死から二年が経っていたと思う
組織的に戦う戦術や砦や櫓といった戦の備えも整い
広陵と広がる荒野を見ても朕の胸は痛まなくなっていた
梅雨の明けた初夏のある日
その荒野を渡来人の軍勢が埋め尽くすが如く姿を現した」




