人の所業
そこまで告げたヘイクロウは矢庭に立ち上がり
右手のひらごと右半身を突き出し
口をへの字に閉じ
全身に力を漲らせ金剛力士さながらに見栄を切った
しかし実直 勤勉な性格を買われ
諜報 偵察を主な役目とするヘイクロウの数少ない晴れ舞台を観覧する
観客であるダンザとキリュウの目は冷ややかである
苛立ちを露わにキリュウが言う
「盛り上がらせてえのは分かるが
そんな話じゃねえだろう
とっとと続きを話さねえと
この何でもかんでも先周りして話しちまう口を塞いだ手を離しちまうぞ」
キリュウは見せ付けるようにアキヨリの口を塞いだ手を僅かにずらした
少しだけ現われた口は夜の闇の中であるにも関わらずニヤついているのが確かに見て取れた
ヘイクロウは冷や汗を全身の毛穴から吹き出し
何事もなかった様に元通り胡座をかいた
「言う通りにするからそれだけは止めてくれ!
拙者が町を見付けた下りであったな
その町は傍目には何の変哲もない七十四軒の山里の集落で御座った
事実 六町程の広大な畑でほおかむりした者が畑仕事をして御座った
しかし山間の集落にしては軒並みと村人が多過ぎるし開墾して耕作したであろう農地も広すぎる
これはジョスイ殿の目算通りの南蛮人達の駐屯地に違いないと探りを入れ申した
案の定畑仕事をしていた者のほおかむりの下は浅黒い肌をした南蛮人の顔が御座った!」
食らいつくが如くダンザが問う
「その者達は異国から無理矢理 連れて来られて働かされているのか?
それと七十四軒と言ったな
流石ヘイクロウ正確な数字だ
しかし我等が対峙したイスパニア軍は総勢二万余人
他にもその様な町があると思って間違いあるまい」
「うむ 憎むべき侵略者ではあるが
遠い地より連れ去られ過酷な使役を課され気の毒かと思ったがそうではなかった
先程から拙者があえて町と呼ぶには訳が御座る
そこには酒場や女郎屋があり賑わい物が溢れて御座った
日が沈むまでほおかむりを解かずひたすらに畑仕事をしていた南蛮人共は
夜になるとその色街で羽目を外し乱痴気騒ぎを初めおった
武装した西洋人とオオトモ家の侍と思われる監視役も居ったが
高圧的では無く拙者の目には南蛮人共は好き好んで彼の地に住み暮らしているように見えた
拙者もアンドウと同じく他にも同じような町があるかと周辺の野山を探った処
百姓の住む家とは違い
サカイの侍長屋の様な家が数多く御座った
多過ぎた故数字では答えられん」
二つ三つ頷いたダンザが更に問う
「西洋人とオオトモ家の侍が監視役をしていると言ったな
イスパニアとオオトモが共同してその農地を手掛けているのであろう
何か確証になるものは無かったか?」
「確証か それは拙者が跡をつけた一行の馬車の中身で御座る
華美な身なりのイスパニア人三人と
おそらく背格好からして
オオトモ家 老中タチバナ ヨシズミの四人で御座った!
さらにその者共が一軒の女郎屋に入り密談したことごとくを記したのがこれで御座る!」
ヘイクロウは懐から懐紙を数枚取り出し高々と掲げた
「暗くて見えん!」
とダンザ
ヘイクロウは意気揚々と掲げた手を引っ込ませるにもバツが悪いようだ
「またいい格好をしようとして阿呆さを露呈してしまったな…
むっ?!
アキヨリ殿かたじけのう御座る!」
アキヨリの手にはいつの間にかダンザの懐にある火種用のカイロが握られ
充分細かい文字まで解読できる明るさを放った
ダンザは吸い寄せられるように懐紙に顔を近づける
一方キリュウは
「要点だけかいつまんで口で言えよ
めんどくせえ」
「キリュウは字が読めんのだったな
この様に読みやすい文字もお前にとっては便所の落書きと同じか?
あはははは」
ダンザがからかった
「なんだと?!
字くらい読めら!見てろよ
ほぅ
イスパニアとオオトモはどっちが上って訳じゃなく対等な感じだな…」
キリュウが懸命にヘイクロウの文字に没頭した矢先であった
「ヘイクロウ一つ尋ねる!」
懐紙に気を取られアキヨリの口を塞いだ二人の手は外されていた
「何で御座ろうアキヨリ殿」
「畑にあった作物は何だ」
「麻と麦で御座るが…」
「南蛮人共が乱痴気騒ぎをしていたと言ったな
酒に酔った上か?
変わった様子は無かったか?」
「言われみれば やけに常軌を逸した騒ぎ方で御座ったが
彼奴等の国では当たり前かとも思いさほど気にも留めは…」
殺気にも似た気を発しアキヨリは立ち上がり暗い西の空を睨んだ
「我等の知る麻は繊維と実を得る為の作物であるが
異国の麻には精神を高揚させる成分を含む物があると聞いた
彼奴等の栽培する麻はおそらくそれだ
南蛮人共は麻から作り出した興奮剤を得んと自ら進んで奴隷となっているのであろう!
長く用いれば廃人にもなりかねん!
人の命をなんと心得るか!
人非人共め!!」




