手招き
「この白い花は奥方様がこしらえて下さったのですか?」
真綿でも持つようにダンザは陶製の花を手のひらに乗せ
座り込んだまま背中でアキヨリに問いかけた
「そうだ ユリかと思ったが
リッカの心の中にある
この世には無い花だそうだ」
「真心が籠められております」
ダンザは瞼にありったけの力を籠め胸にあるものをこし取り
くしゃくしゃになった眉間から感謝の意だけを体外に出そうと足掻いた
「ありがたい…
このような美しいものは他にあるまい」
ダンザがやっと喋り動いた
少々待ちくたびれた感のあるキリュウがダンザの手のひらの上の白い花を覗き込んだ
間近で見たくて仕方なかったがダンザより早く手に取るのは気が引けていたのだ
「凄え 本物みてえだ
いや 本物より花っぽいっぜ
何か変な言い方だけどよ
花っぽいぜ
なあアキヨリ殿 ダンザ
俺も手に取って見ていいかな?」
「無論だ見てやって褒めてやってくれ
リッカは正直に褒められるのが大好きなのだ」
アキヨリがそう言うと
ダンザは白い花の乗った手をキリュウに差し出した
「壊さずに元に戻す自信が無い」
「ああ おめえは鉄砲と三味線以外はぶきっちょだからな」
キリュウはダンザの顔を見ず
白い花を受け取った
「仕置きで鍛えた
ネギの皮むきも器用にやり申す」
「ああ?
そっそうだったな」
ダンザの声色がいつもと違うのは当たり前の事だろうと
気付かないふりをして白い花を元あった所に戻すキリュウだったが
声色が違う理由は他にあった
「若様 この山には今も誰か住まわれておるのですか?」
そう尋ねるダンザは山道の奥を目を細め見つめている
「木こりや炭焼きの職人が居ると思うが
ここいらでは無い西の沢の方だ
誰かいたのか?」
「あそこで手招いているのは何者でしょうか?」
「どこだ?」
「あそこですよ
若様の所からは見えませんかね
あっ
奥の方へ行ってしまったようです」
「屋敷の方だな
何者だろうか
気になるな行ってみよう」
何者かの姿を見た訳では無いアキヨリとキリュウは半信半疑であったが
山道の奥へとまだ見ぬ人影を追って行った
「ダンザちょっといいか?」
先頭を行くアキヨリとリヨウが人影探しに気を取られているところに
キリュウが耳打ちする
「何だ 今言わねばならぬ事か?
お前は場違いに必死な訴えをするからな」
「場違いなんかじゃねえよ
俺ん中じゃ辻褄が合ってんだ
おめえがネギの皮むきが得意な理由を知ってんのは誰と誰と誰だよ?」
「場違いの征夷大将軍ではないか
まあ答えておくが
ガキの頃に若様のボロ小屋の拡張を手伝った事で
共にアキマサ様にお叱りを受け
仕置きとして十日の間ネギの収穫を二人きりでやる羽目になったタキだけだ」
「アキヨリ殿は知らねえのか?」
「多分な
俺もタキもわざわざそういった事は言わん
あれでいて人を巻き込み迷惑をかけるのを結構気にするお人だからな」
「そうか…」
「今そんな事を聞くなと言いたい所だが
ネギまみれになったタキの顔を思い出せたよ」
アキヨリに少し空けられた距離を縮めようと速度を上げるダンザにキリュウが追いすがる
「それだけじゃねえんだ
このまま行ったら山を降りる前に日が暮れちまう
奥方様の屋敷は燃やされちまったと聞いた
焼け跡で夜明かしなんてな
アキヨリ殿とリヨウには ちいと辛くねえか?」
「それもそうだが
なにぶんこの山には不案内だ
若様に着いて行く他あるまい
俺が見た人影も気になるしな」
「見た気がするだけじゃねえか?」
「かもしれん…
おお!
見ろ着いたようだぞ」
門があった
その奥に見えるのは
焼け焦げた楠の巨木
そして葉を繁らせる桃の木
焼け残った門が守る物はそれだけだった
アキヨリはその門の前で棒立ちに立ち尽くしていた
「若様!」
「アキヨリ殿!」
二人の声が届く前にアキヨリは急に駆け出し門をくぐって行った
リヨウは何かを目指し一直線に飛び立つ
「俺の見た人影を見つけたのかも知れん!」
「多分な!」
鉄砲と槍が低く身を屈め
まだ見ぬ獲物に狙いをつけた
虎や獅子がそうするように




