人の心が分かるのは人であるから
見事な笛だった
目を閉じ聴き入った
ヨシツネの瞼の裏には影絵の様に母の記憶が次から次へと映し出された
笛の音は光だった
光は暗闇に埋れていた母と過ごした僅かな時間を照らし出した
運命に翻弄された母と幼くして引き裂かれた
悲しみがあった
憎しみがあった
それ故 強く強く慕い求める心があった
それは母との思い出の輪郭を鮮明にした
その輪郭が思いがけず更に鮮明になった
もう一つの光が射し込んで来たのだ
瞼の裏に映された母との思い出は昨日の事の様に思えた
いや今目の前に母がいるかと思える程に鮮明に映っていた
ヨシツネは目を開けた
もう一つの光を耳でなく目で見たくなったのだ
「おお!
ダンザよ それは武器ではなく音を奏でるものであったか
我の時代には無かった楽器だ
ああ…
分かる…
そなたの母への想いと我への真心が」
今ある全てを三味線の音に籠めていたダンザはヨシツネの言葉が良く聞き取れなかった
しかし伝わった
そして感謝の意が視線となり自分に向けられている事に気付くと
微笑みと視線を返した
それらはヨシツネを促していた
「ふふ」
微笑み促されるままにヨシツネは懐から笛を取り出し口に運んだ
二つの笛と三味線が奏でる
本来なら悲しみと怨みさえ匂わせるその曲は
温かさと暖かさだけを匂わせ薄暗い部屋の中を暖め照らし出した
ただ心地よく寝そべったまま聞いていたキリュウが眠りに落ちそうになった時
笛の音の一つが徐々に小さくなり
やがて消えていた
「そなた等の真心このヨシツネ決して忘れぬぞ…」
声では無かったのかもしれない
しかし確実に聞こえた伝わった
そして受け取った
沈黙があった
丁度良いと言ったらおかしいかも知れないが
丁度良い沈黙の後 ゴクラクサイが口を開いた
その丁度良さは風流と粋を解するゴクラクサイならではである
「アキヨリよ」
「何でしょう?」
「あの曲でさえヨシツネ公が忘れていた場合どうする積りだったんだあ?
お前の事だあ
償う為に何をするかわからんぞえ」
「忘れる訳はありませぬ」
「なぜそう言える?」
「俺も人ですしヨシツネ公も人ですから」
「ひゃっはっはっはっ
お前なら絶対忘れぬ自信があるということだあな
いや
あえてお前が言葉にしなかったのになあ
さっきも粋な積りで音が無音に馴染むまで黙っておったが
一番不粋なのは儂だったあ
ひゃっはっはっはっー」
「あの…そろそろいいだろうか?
粋だとか不粋だとか朕の時代には無かったのだ
何と無く良いものだとは分かるのだが恥をかきたく無くて黙っておったのだ」
オオクニヌシが恥ずかしげに話を切りだした
「なんだえ大王?
その正直さも粋と言えば粋だえ」
ゴクラクサイに助けられると急に再び大王へと立ち返る大王様
「では申すぞ
まだまだ伝えたい事はあるが今宵はこれまでとし
アキヨリよそなたの多々良の力この塔に籠めてみよ
ヨシツネの炎の竜を取り込む事であのような現象が起きた
朕の手の届くところまで穴が掘れるやも知れぬぞ」
「寝ます」
「ぬひっ?!」
「いろいろあり過ぎて疲れました
今夜はもう寝ます
一つ大事な用も残しておりますし」
「もう!
何でこの子はこうなの?!」
「ひゃっはっはっはっ!
大王許してやってくれよう
確かに今夜は大変だった
ひゃっはっはっはっ
そんじゃまた明日な」
ヒュルルルルル
また秋風が吹いた
塔の屋上 階段付近で仰向けだった三人は同時にむくりと起き上がった
ダンザとキリュウは確認と説明を求めアキヨリを見た
しかしアキヨリにはもっと大事なものがあった
「出せ!
どこにある!
俺の故郷の酒だ!
飲むぞ!
器など要らぬぞ回し飲みだ!」




