もう一つの愛する人 もう一つの兄と弟
白い羽が飛び去って行く先をアキヨリは見つめていた
「やはり東…
リッカ待っていてくれ」
リッカの囚われたその地を取り囲む視覚を妨げる結界を
今のアキヨリは簡単に看破してその目に捉えるだろう
しかし塔はホウライ山の中腹に位置し
羽の行方は山の稜線に邪魔され一つ山向こうにあるだろう
(そこ)
は視界に捉える事は不可能と判断したアキヨリは手元に意識を戻した
胸の中の義経の首は身体が羽となり飛び去った後も首として留まっている
「やはり羽と縁を切れば羽に変わらずに済むようだ
これでもう道具として扱われる事は無い
母を慕い続け一族に仇なす者を憎み続ける
この方は俺と同じなんだ…」
弾丸が侵入した眉間の穴は一寸にも満た無かったが
高熱の溶けた鉛玉と陶の欠片に破壊された後頭部は痛々しい以外のものでは無い
「せめて安らかに」
アキヨリは目を閉じ
ダンザとキリュウも手を合わせ跪いた
「若き勇夫達よ万謝いたす」
聞き覚えがあって聞き覚えの無い声だった
先程まで辺りを覆っていた呻き声に生気が宿るとこうなるであろう声だ
「えっ?!」
アキヨリが素っ頓狂な声を発し目を開けると
ただ一色赤が視界を支配した
「なんだ?!
ああ、いつものここでは無いどこかの景色を見ているのか…
凄い!今度のは凄いぞ!
これは噴火口だ!
噴き上がる溶岩など間近で見ることなど滅多に無いぞ!」
アキヨリは幼い頃より白昼夢のように突然 離れた土地の出来事を見る事が何度かあった
またその現象に見舞われたのだと今回の噴き上がる溶岩という心躍る光景を楽しみ始めた
しかし今回は少し違ったようだ
「若様これは一体?!
何が起こったというのです?!」
「うひゃあ!何だこりゃあ!
うわっ!危ねえ!
アキヨリ殿 術で何とかして下せえ!
熱ぃ!熱ぃ!」
「お前達も見えているのか?!
驚いた!
おそらく俺達は離れた場所を見ているのだ
これだけ溶岩が噴き上がっているのに何の音も聞こえんだろう?
キリュウ落ち着け熱くはないだろう」
アキヨリは溶岩溜に手を突っ込んでみせた
「うわっ!熱くねえんですか?
いや騙されねえぞ
術でなんとかやってるに違えねえ」
「疑り深いやつだな
こうしてやる とりゃあ!」
肩車という投げ技がある
技をかけたのはアキヨリ
かけられたのはキリュウ
飛んで行った先は流れる溶岩の川
溶岩の川で尻もちをつき激しくジタバタするのもキリュウ
「何しやがんでぇ!
熱ぃ熱ぃ熱ぃ!
熱くねえ…」
「だろ?」
「しかし若様 我等にも見えているなら若様の力で見えているのでは無いのでしょう
義経公に関係あるのでは?」
「かもしれんな」
アキヨリが少し背伸びして辺りを見回すと跪く人影があった
赤糸威の大鎧の
「義経公だ…」
アキヨリがその人影に意識を向けると
それが鍵となったのか映像だけでなく音も三人の前に現れた
ドオオオオオン!!
怒り狂う火山が噴火する感情的な爆発音である
もう一つの感情的な音は爆発音に連なり覆い被さった
「ああああああああああああ!
我は取り返しのつかない事をしてしまった!
兄上ぇ!お赦しくだされ!
兄上ぇ!兄上ぇ!
ああああああああ!!
恐ろしい恐ろしい恐ろしいぃ!
静!静!来てくれここに来てくれぇ!
最後の償いをする前に この義経の気が触れぬよう
ここに来てくれぇぇ!!」
目を見開き顔を青ざめさせるアキヨリ達のすぐ横を
古の巫女の装束に防具の胴と鉢がね だけを身に付けた長い髪の人物が通り抜けて行った
一瞬の横顔を見たアキヨリの口が勝手に動く
「リッカ…」
長い髪が跪く大鎧に覆い被さる
「義経様 静でございます!」
「静ぁ!静ぁ!
たった今火砕流が町を飲み込んで行った!
子供が!子供達が!幾千の子供達が
父と母と叫びながら焼かれていったぁぁ!
大王の声色を使った火の神に誑かされてしまった
最早我の命一つでは償いきれぬ
我は今より贄となり
火の鳥を喰らい火口より地底に赴き
多々良の力にて火の神を鎮めに参る!」
「なりませぬ義経様!
火の鳥を口にしたなら死なぬ身体に…
いいえ 死ねぬ身体になってしまいます!
永遠に身を焼かれ永遠に苦しみ続けるのですよ!
人々の幸せを笑顔を望み続けた義経様がそのような憂き目に会う道理などありませぬ!」
「その方がましだぁ!
全てを放り出して死ぬのも
増してやこの先償いに生きるなど
耐えられん!苦し過ぎるぅぅ!!」
長い髪が立ち上がった
長い髪が熱風に煽られた
透き通るような白い美しい顔は微笑んでいた
「ならばわたしも共に参ります」
「ならん!静そなたは生きてくれぇ!」
「義経様一人が永遠に苦しみ続けるなど
耐えられません苦し過ぎます」
「静ぁ!」
「義経様」
二人は何かを口にしたようだった
ギュエアアアアア!
アキヨリ達がこの世のものとも思えぬ禍々しい金属音のような鳴き声の方を見やると
黒い鎖に雁字搦めに縛られた巨大な十二の羽と顔を持つ炎の塊があった
その足元に十数人の人影
人影は言った
「義経よ!静よ!ならん!
火の神を鎮めるは我等に任せよ!」
義経はその声に振り向く
「兄上…」
義経の口から絶えず血が流れ
流れ落ちた血は直様燃え上がり熱風に煽られ逆巻く
「馬鹿者!!
既に火の鳥を喰ろうてかぁ!
馬鹿者ぉぉ!!」
「兄上ぇ!申し訳御座いませぬ!
申し訳御座いませぬぅ!」
「だが義経よ火口に赴く事この兄が許さぬ
もう死ねぬ身体となったなら この兄の側におれ
永遠に続く武士の世という兄の化身の側におれ
贄となるのがお前の償いと言うのなら
この兄のつくる永遠に続く武士の世を護る贄となるのだ
いや守り神となるのだ!」
「兄上ぇぇぇぇ…」
秋の風が吹いた
ホウライ山の早い冬の訪れを感じさせるる秋の風が塔の屋上に溜まった熱気をさらって行った
しかしアキヨリ達の耳に残る
義経の兄を呼ぶ声をさらって行けはしなかった




