人の心を変えるは命を賭けた行動のみ
ぼんやりと山門を見上げるアキヨリの背中にパラッパラッっと
ワザと聞こえるようにキリュウは皮肉めいた呟きをぶつけた
「しっかしよ 船中ずっとアキヨリ殿はあの調子だったよなあ
話し掛けてんのに梨の礫ってやつだよ」
しかしアキヨリは聞こえていて意に介さないのか
聞こえてもいないのか
一人颯爽とした足取りで山門をくぐり参道を歩き出した
「あーもう泣きたくなって来たぜ」
そういうキリュウの背中をポンと少し乱暴に一つ叩くは アンドウ ダンザ
「慣れだよ慣れ
あれも若様の魅力の一つさ
しかしだ
若様が頻繁に思案に入り込む時は決まって何かあるんだ」
「何かって何があったんだ?」
「まず日食があったな
真夏にでかい雹が降ったりもしたな
それと…
若様の父君 大殿様が亡くなる前もそうだった」
「おいダンザおっかねえ事を言うんじゃねえよ
道中見たトミナリ城だってヒデカツの一件が原因なんだろうが
城壁の修繕やらであたふたしてて
ここまで来るに警備してる兵になんか一人も出会さなかったじゃねえか
それにこの旅はアキヨリ殿の奥方の居所を確認するだけの目的なんだろ?
危険な事はねえんだよな」
「ふっ、
キリュウお前は肝の座ったヤツかと思ったが
案外 不可解なものには弱いのだな
怪談など苦手なのだろう?!」
「だっ!だっ!誰が魑魅魍魎など恐るものか!
うぉ!うぉ!うぉ!」
突然キリュウは参道を駆け出した
「ふはははは!
そんなに怖がるなキリュウ
因みにだが道成寺の清姫伝説というのを知ってるか?
あれは実に恐ろしいなあ
ふはははははは!」
「おうおうおうおう
知ってるぞ!
知ってるがそれどころじゃねえ!
見ろ!そこ そこ!」
「あ?
なんだって?
あああああああああああああ!!」
腹を抱え笑っていたダンザは片目を開け
キリュウの指差す先に視線を送り青ざめた
足取り軽やかに早足で参道を歩くアキヨリは一直線に石灯籠に向かっている
早足とは言えアキヨリのそれは相当な速さであり
速度を緩めることなくぶつかればかなりの大怪我を負うだろう
「若様!若様ー!わーかーさーまー!!」
もう間に合うまいと観念したダンザは声の限り叫び
キリュウは全速力でアキヨリを追う
ドスン
髪を逆立てんばかりに張り詰めていた
ダンザとキリュウは呆気にとられた
アキヨリは石灯籠の直前で後ろに跳ね返されるように尻もちをついたのだ
「アキヨリ殿怪我はありやせんか?!」
「若様お怪我は?!」
駆け付けた二人の心配顔に上から覗き込まれたアキヨリは惚けた顔を返した
「兄上……」
「ちっとしっかりして下せえよ
お怪我は無いようなんで安心しやしたが
天下のシジマ サブロウが石灯籠と喧嘩して大怪我したなんてカッコつきゃしませんぜ
なあダンザおめえも何か言って差し上げろ」
「アキマサ様…」
「あれ?
ダンザおめえまで
おい ちょっと待てよ!」
ダンザも顔の筋肉を全て弛緩させ
ふらふらと何かに導かれるように寺の奥へと歩き出すと
アキヨリも立ち上がりダンザの後を追って行った
「おいおいおい
どうなってんだよ
アキマサ殿の墓参りに来たのは分かるが
まさかご本人が出たってのかよ
なんだか薄ら寒くなって来たぜ」
キリュウは身震いして二人の後を追うのを躊躇していると
月明かりが照らしていた二人の姿はその先にある大きく立ちはだかる何かの影に隠れ見えなくなってしまった
「置いてかねえで下せえ!」
ただならぬ雰囲気の只中に一人置き去りにされたキリュウは
あれやこれやが縮み上がり心細くなり
この先にあるものを あれやこれや想像して恐ろしくなっていたが
ここに一人いるよりはマシだと
二人がいるであろう暗がりへと走り出した
暗がりの目と鼻の先まで近寄ったキリュウだが
闇は思ったより深く先が全く見えなく無意識に足を止めていた
「アキヨリ殿?
そこにおられるんですよねぇ?」
返事は無い
「返事して下せえよ!
もう!」
意を決して暗がりに一歩踏み入れたキリュウの鼻を何かがフワッとかすめた
「うわああああ!」
その何かを手で振り払うと
よく知った匂いが漂ってきた
アキヨリが髪につけている椿油の匂いである
キリュウはカチ上げて束ねたアキヨリの茶筅髷に翻弄されていたのだ
「す!すいやせん!
でも居るなら居るで返事して下せえよ」
キリュウは恐る恐る目を開けた
深い闇の中は何も見えないだろうと高を括っていた
だが青白く浮かぶ顔が目の前にあった
「!!」
肝を潰したが声を上げる事は出来なかった
青白く浮かんだアキヨリの顔はキリュウが未だかつて見た事の無い表情を湛えていたからである
キリュウは星を見た
アキヨリの目の水面には無数の六等星が映り
その六等星達が彼の顔を青白く闇に浮かばせていたのだ
夜空の六等星ではない
ごく僅かな光は三人の前に立ちはだかる巨大な自然石に無数に掛けれた
鎖と
それに結ばれた銅や真鍮で作られた十字架が月の光を反射していたのだ
「これは一体どういう事なのだ!
この十字架はアキの国の民によるものであり鎮魂の意味を持つのであろう
ジョスイの言った通りこの巨石はシジマ家の英雄達の墓石であり慰霊碑だろう
アキの国の民にとってシジマ家は敵では無かったのか?!」
アキヨリは吸い寄せられるように巨石に歩みより
慈しむように隅から隅まで掌で自らの体温を石に与えていった
「これは?!」
何かに気付いたようアキヨリの手は突然止まり
直様天高く突き上げられ
それでもまだ足りないとばかりに背伸びをして石の頂点付近にまで伸ばされそこに触れると
ゆっくりと何かをなぞるように下へ下へと石を撫でていった
「日の本の守護神ここに眠る…」
アキヨリは手に触れた通りを口に出していた
(日の本の守護神ここに眠る)
石にはそう刻まれていたのだ
「この国の民に敵視されているシジマ家の者が埋葬されている事を
ジョスイが明かす訳は無い
間違い無い
この文字と十字架はどこからか聞きつけたこの国の民によるものだ!
兄上の挺身は四百年の呪いを打ち払ったのだぁぁぁぁ!
兄上!兄上!兄上ぇぇぇ!!」
跪くアキヨリを捧げられた花達が受け止めた




