確かめる手段
[一日空けてしまった
すまない
寂しい思いをさせただろうか]
そう半紙に記すとアキヨリは意を決したように
先程念入りに洗った顔を鏡に映した
すっかり腫れのひいた顔には
少しの切り傷と不安の色が一つ二つ
自分でも気付いたのか その一つ二つを隠すように
右斜めを向き無理矢理に笑顔を作ったのだが
そんな事では隠しきれないと観念したのか
鏡を伏せて 半紙の空いた左半分にさっきの続きを綴っていった
[皆でサカイに来たのは分かったかな
ニザエモン殿の顔も見えただろ
皆元気だよ
新しい工房を用意してもらって
張り切っているよ
シジマ家の皆とも再会出来たんだ
昨日の晩にチョウキチと腹踊りしてたヤツらだよ
皆頼りになるヤツらさ]
そこまで書くとアキヨリは筆をしまった
そして自分の書いた文字にも表れ始めたものを
誰にも見つからないように井戸まで辿り着き両手ですくった水で洗い流した
「リッカ 君には見えているのか
トウカの笑顔が見えているのか
確かめる手段が欲しい…」
「ア、アキ はやい、ね」
背中に声をかけてきたマイの顔を見るには また両手で水をすくう必要があった
「マイおはよう!
昨晩は楽しかったな
皆まだ寝てるだろ?
今日はジョスイの船を引き上げる手伝いに行く
ワシノミヤ組の職人と坂東武者
どっが強いか力比べするんだ
大将の俺が遅れたらカッコつかないからもう行くよ
ダンザが起きたらすぐに来るよう伝えてくれ」
「今日、おし、ごと休み、あた、しも後でい、く」
アキヨリは笑顔で頷き蔵を出て行った
通りに誰もいない事を願ったが
それは叶わなかった
眠そうに生あくびをする綺麗どころと鉢合わせしたのだ
「あら ぶさいくなとこ お見せして
兄さんかんにん」
「こちらこそ失礼した」
「あら 昨晩ギンザブロウさんとこで笛吹いてた兄さんね」
「ああ 見ておられたか
拙者は急ぎます故 それでは」
顔を伏せて急ぎ足でアキヨリは港へと歩き出した
名を明かす訳にはいかないので
名乗らずに人とは話の出来ない石頭は
すぐにこの場を離れたかったのだ
「すかたん」
そう茶筅髷にぶつけられ思わず振り向くと
潤んだ瞳がプイとソッポを向いて去って行った
慣れないものの衝撃というものは慣れたもの何百倍にも相当する
男シジマ アキヨリ二十一歳を襲った衝撃はいかばかりであったろうか
だが本当の衝撃はその直後だった
「痛でででででででででででででで!!」
アキヨリは眉間をほじくり返されたかと思う程の痛みで両手で顔を抑えのたうちまわった
「わ!若様!どうしたのです!」
裸足で駆け出して来たダンザもアキヨリ同様に衝撃を受けた
「見えてるんだな!リッカ!
見えてるんだな!
いいいいやったー!!
ダンザ行くぞ!
朝飯は着いてからだ!
今日はやるぞううううう!
そうだ!アクヤを忘れてた
俺は馬鹿か?!
あっはっはっはっはっは!」
「今度こそ気が触れられたか」
港から造船所までは無数の丸太が横たわり
野太い綱が二本弾けば甲高い音を発するのではないかという程緊張している
「おう!野郎共 腕っ節ならお侍になんか負けてねえと世に知らしめろ
気張りやがれ!」
「おおおおおおお!!」
「俺達坂東武者の取り柄は何だ?!
槍か?馬術か?大食らいか?!
そんなもんじゃねえぞ
俺達の取り柄は
心意気と負けじ魂だ!
行くぞうううううう!!」
「おううううううううう!!」
ワシノミヤ組の職人と坂東武者
総勢四百五十六名はナンチャラ号を陸を走る城と化した
「若様!
同じ船に繋いである綱を引き合って
どっちが勝ちか負けかなんて分からないんじゃ」
「うるせえ!ダンザ綱を引けええ!」
「兄貴!
黙ってたって水道橋の水車で半日もありゃ造船所まで引き上げられるんじゃ」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえハンシロウ
楽しいからいいんだよ!!」
この先に血で血を洗う大戦が控えているなど皆忘れて皆楽しんだ
その高揚感は造船所にナンチャラ号が収まった後も続き
貯水池の工事も順調に進み一月が過ぎた頃
港には一隻の早船が そろそろ陸が恋しくなって口数の少なくなった
セントナンチャラ氏を乗せ姿を現した




