六信
アキヨリとダンザが奥の部屋に入ってもう一時は経つだろうか
留守番と子守りを頼まれ退屈していたところ
アキヨリがダンザを連れて帰って来たので半紙と筆を見付け事もあり
話し相手が出来たと喜んだのだが
ぬか喜びだった
「少し二人で話がしたいんだ」
と言って部屋に籠ったきりもう一時
トウカが初めて声をあげて笑い
自分の子は未だ笑ってはくれないのも手伝って
オタマは寂しさを募らせていた
「もしかしたら私が声を出せなくなってしまったから
この子にもそれが伝わってしまったのかしら?」
我が子の唇を優しくつつき
胸中が後ろ向きに染まりかけた時だった
「タキ!タキよ!無念だっただろうああああああ!!」
ダンザの叫び声が轟いた
続いて
ダン!ダン!ダン!ダン!
何かで畳を激しく打ち付ける音
「申し訳御座いません若様!
焼き物を焼いていたと言う
若様の言葉に俺は心底腹を立てました
そんな経緯があったとは!
お許し下され!お許し下され!」
オタマは目をまんまるくし
心配になり様子を見に行こうとしたが
アキヨリがなだめたのか
落ち着いた話し声がほのかに漂って来たので思い止まった
ところがまた
ダン!ダン!ダン!ダン!
「申し訳御座いません若様!
先程の若様が俺の名前を書いて下さった事や
トウカ様の笑い声を記した事を
若様が狂ったなどと笑い申した事
奥方様にお知らせしていたとは!
痛恨!断腸!恥知らず!」
ガタッ!
ダダダダダダダダダ!
「オタマ殿!!」
踏み潰された様に
グチャグチャビチャビチャになった
不細工カボチャが現れ
ダン!ダン!ダン!ダン!
オタマの目の前の畳の上で飛び跳ねた
「申し訳御座いません!
ご家人方がお言葉が不自由とも知りませんで
半紙にてお声かけ下さったにも関わらず
呆気に取られ返事も出来ませんでした
お許し下され!お許し下され!」
オタマが慌ててダンザの肩を掴んで頭を上げさせようとしたが
岩の様に重く上がらない
「おい!ダンザやめろよ
知らなきゃ誰だってそう思うさ
俺だってお前がそんなに辛い思いで過ごしていたなんて知らなかったんだ
俺の方こそすまない
許しくれ この通りだ!」
ダン!
「若様!」
ダンザはハッとなり顔を上げたのだが
一流の撃ち手の強靭な背筋の力に
オタマの腕の力が加わり凄まじい速さで仰向けにひっくり返った
その拍子に涙で詰まっていた鼻が急に通り
ピューーー
と間抜けな音を立てた
「うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」
笑いのツボというのは赤ん坊でも人それぞれなのだろう
オタマの子は声をコロコロ転がして笑った
「笑った!笑ったぞ
でかしたダンザ!
俺もやるぞ」
ブウゥゥゥゥゥゥ
「出ん!」
「うきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」
「結果良しだ!
ようし書くぞう!
リッカ!オタマの子も笑ったぞ!」
うきゃ
きゃ
きゃ
きゃ
きゃ
きゃ
きゃ
再び半紙が宙を舞った
「こ、これなんだ?!」
出入り口には呆気に取られた
ゲン
タノスケ
チョウチキ
マイ
が立ちつくしている
「ご家人方で御座るか?!
お邪魔しております
アンドウ ダンザと申す!」
「みんなお帰り!
ダンザはタキと同じく俺の子供の頃からの友なんだ
新しい工房はどうだった?」
「ア、アギか?」
「そうだけど?」
ゲンは不細工カボチャが二つ並んでいるので
話がややこしくなると思ったのか
「こ、この紙は?」
理路整然とした彼らしく
分かり易そうな問題から一つ一つ解決するつもりらしい
「そうだ!赤ん坊達が笑ったんだよ
声出してさ
ダンザやるぞ!」
「おう!」
ピューーーーーーー!
「ベロベロバァーベロベロバァー!」
「きゃたきゃたきゃたきゃたきゃたきゃた!」
「うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」
「リ、リクノブ!」
タノスケはそう叫んで我が子の元に駆け付け
その胸に腕だけでは無く
目には見えない何かで幾重にも包み込んだ
「い、言えた!
タノスケ言えた!」
「あああああ!
い、言えた!
リクノブ!リクノブ!」
「どういうことなんだよ?
タノスケ、オタマ」
オタマはまた半紙に筆を走らせた
「子供の名前はリクノブ
リッカから一文字貰ったの
しばらく前に二人で決めたのだけど
声に出すのが難しくて
二人共ゆっくり言ってみてもどうしても言えなかったの
それでね
二人共ちゃんとリクノブと言えるようになったら皆に教えようって決めたの」
そう書いてオタマはタノスケと視線を交わし息を合わせ
「リ、ク、ノ、ブ」
「リ、ク、ノ、ブ」
「リクノブ!リクノブ!
あああああああ!
いい名前だあああああ!
リッカ見えるか?聞こえるか?
タノスケとオタマの声が!」
リクノブ
リクノブ
リクノブ
リクノブ
リクノブ
リクノブ
再び半紙が舞いニザエモンが用意してくれた大量の半紙は一日で使い切られてしまった




