人攫い
ゴォォン
町の中心側から下ろされた跳ね橋は
向こう岸に到達して軽く地を鳴らした
丸太を十数本組んだ跳ね橋の重量から解放され弛みを見せた鎖を
アキヨリは目を細めその曲線に沿って見上げた
目を細めたのは跳ね橋が立っていた箇所から町の灯りが逆光となっていたからだ
「この跳ね橋とて見ようによっては異国の城の城門ではないか」
そう呟くアキヨリは船の舳先から跳躍して空中に位置していた。
重力に従い橋に下りると直様振り返り横を向いて近づく船を両腕で受け止め
キリュウが櫂を使い止まるようになった速度を更に柔らかく停止させ
赤ん坊を抱くイヨ姉様とオタマに目配せした
オタマはゆっくり一度頷き
イヨ姉様は
「眠ってるよ」
と口だけ動かした
「お待ちしておりましたぞ」
音量は小さいが良く通る声がアキヨリの背中を突ついた
声の方に目をやると開かれた城門に街灯りを背に人の形をした影が微笑んでいる
「ニザエモン殿!」
声と立ち姿で充分だった
顔を確かめるまでも無くアキヨリはその人物の名を呼び駆け寄った
「まずは このような深夜の到着にも関わらず
ニザエモン殿自らの出迎え
恐悦至極に存じまする
更に此度の騒動に迅速かつ的確な御尽力を頂き
このアキヨリが一人右往左往したところで
家人の命一つ守れはしなかったであろう事を思えば
感謝の意表す言葉御座らん」
両膝を付こうとするアキヨリの腕を素早く担ぎ
ニザエモンは白と黒の混じった髭をたくわえる顔にイタズラっ子の笑顔を充満させた
「アキヨリ殿、ミクリヤは商人にて御座る
タダでお助けした訳では御座らんよ」
「もちろんで御座る!
この恩はこのアキヨリ生涯をかけて」
「ふはははは、ならばその恩返しの手段こちらから提案させて頂くとするかな
皆様も長旅お疲れで御座ろう
ほれっ、こちらに早う」
ニザエモンに手招かれて皆ほっとした表情で跳ね橋を歩いて来た
先頭の得意顔のジョスイが胸を張った
「どうだい?ニザエモンの旦那
このジョスイがご注文通り誰一人欠ける事なく
皆様無事に連れて来たぜ」
「うん、うん、皆無事だったようだな
赤ん坊達も大事無いですかな
ああ…やはり…」
一人一人と目を合わせて行ったニザエモンは表情を曇らせた
「やはりリッカさんは残ったのだな」
「ニザエモン殿は御山の守人について御存知で御座るか?!」
「うむ、ナガヨリ…ゴクラクサイとは旧知の間柄だ
ソヤカさんの事も承知している
もしや…」
「拙者の力至らずリッカは義母上に連れ去られ申した…」
「なんだって?!連れ去られた?!
おめえのカミさんは使命で山に残ったんじゃねえのかよ?!」
「ジョスイ殿、少しやかましい
こちらに宿が用意してある故
さ さ皆様早う」
強引に話を打ち切りニザエモンは一行を近くの蔵に導いた
「おお!これは義父上の作品で御座らんか?」
蔵に入るなりアキヨリ達の目にはゴクラクサイの作品と思える
壺や花瓶が十数点飛び込んで来た
部屋の内装調度品なども皆にとって馴染みの
いかにも質素な中にも遊び心のあるゴクラクサイ好みといったものである
そして何より炊事場や水場 奥には風呂まであり
蔵ではなく中身は住居であった
「せ、先生…」
ゲンは涙を滲ませ壺を手に取り大事そうに暫く眺めると
独り占めしてしまっていたのに気付いたのか皆の差し出す手に一人一人手渡していった
皆 壺に体温があるかのように抱き締めゲン同様に涙を滲ませた
「ニザエモン殿
ここまでのお気遣い真に何と申して良いやら…」
ニザエモンは声を詰まらせ再び両膝を付こうとするアキヨリを
今度は素早くその背におんぶしてしまった
「それでは皆様
私より先程申した恩返しの方法を提案させて頂きます
それは皆様ここに暫くお住いなっていただき
ここから歩いてすぐの工房と窯で沢山優れた作品を作って
私を儲けさせて下さい
それと赤ん坊達は健やかに成長していただいて
イヨ姉様はその…
とりあえず毎晩 晩酌に付き合って頂きますかな
アキヨリ殿を少しお貸し頂くのを付け加えて
食事とお風呂を済ませてゆっくり休んでくだされ
それではまた明日!」
「ニザエモン殿!暫し、暫し待たれよ!」
「いいからいいから」
ニザエモンはジョスイの手を引いてアキヨリをおんぶしたまま
逃げるように蔵を出て行った




