楪の雫
「アクヤもう休もう
くたびれただろう」
右手にはさっき捕まえた野ウサギ
左手にはさっき群生していたのを刈り取った大量の馬ミツバを大量に抱えて
アキヨリはアクヤには顔を向けずにに告げた
なぜだか目が離せないのだ
宵の明星から
「みんな無事だろうか」
アキヨリもアクヤもしばらくの間 絶えず口を動かし宵の明星を見上げていた
「きりがない、おいでアクヤ」
アキヨリは自分で噛み切ってしまった手綱を引き
具足の腰の部分 下散とよぶ部位をほどき外しながら
先程刈り取り抱えてきれなかった草を敷き詰めた上に寝転び
防具の外された腰の辺りをポンと叩いた
するとあまり横になって眠る事の無いアクヤが身を横たえ頭をアキヨリの腰に乗せた
「疲れただろう もうおやすみ」
アキヨリはアクヤと二人きりの時も
リヨウと二人きりの時も
殆ど命令口調な話し方はしない
彼等にとって ただひたすらに与え愛しんでくれる存在となる
アクヤが寝息をたて始めるとアキヨリはふとアクヤが目覚めないよう ゆっくり体を起こした
目の前には山の麓の低い草が群生する開けた緩やかな斜面が広がっている
なぜ身を隠すような物が何も無いところを寝所とするのか
そこは野生の馬の生息地であった
アキヨリ達の周りには身を横たえる数十頭の馬がアキヨリ達を自然を形作る一つの部品としていた
アキヨリを探すのであればよほどの変わり者でなければ馬の群れなどに気を奪われ無いだろうし
近づく者があれば馬達が教えてくれる
アキヨリは身を起こし何を見るのか
宵の明星ではない
首から下げた数珠を手にして眺めていた
白い玉のあったところを
長い一日だった
目覚めた時には全てがあった
そこにあったはずの白い御守りの玉を握り締めるとアキヨリの手にある感触が降りてきた
その感触でアキヨリは幼き頃 自分の部屋の窓から見える景色を思い出していた
アキマサ、イエナガ、アキヨリの三兄弟の部屋の前にはユズリハの木が植えられていた
ゴクラクサイの定めた庭木の美観を損なうものであったが
父アキナガの願いにより各々三兄弟の誕生に際しその木は植えられた
ユズリハは春先に新芽が芽吹くのを待ち古い葉が落ちる
三本のユズリハには子の無事な成長を願うアキナガの想いが込められていた
表で遊べない雨の日アキヨリは日がな一日ユズリハの葉に落ちる雨粒を見つめていた
その景色は役目で滅多に会えない父の子を想う心を感じられ
なおかつ自分の心情も表しているように見えた
ボタボタボタッ
ボタボタボタッ
ボタボタボタッ
雨粒は葉に落ち葉が支えきれなくなると大粒になって木の根元のカエルの置物に注がれ続けた
ボタボタボタッ
ボタボタボタッ
ボタ
ボタボタッ
その感触は幼きあの日のユズリハの雨粒
ボタ…
突然だった
ユズリハの雨粒の感触は暖かい包みこむ感触に変わった
「リッカ…」
なぜかアキヨリがその名を呼び顔を上げると
そこには馬達の寝転ぶ草原では無く
咲き乱れる桃の花があった




