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六角の花   作者: フミ
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故郷

「若大将のヤツが見て無きゃいいんだが…

頭はキレるが感情もすぐキレやがるからな…」


ジョスイは立ち上がりもう一度燃え盛る炎を見上げると駆け足で林の中に消えて行った


騒がしい男が去り

ホウライ山の木々や岩、沢の水は燃え盛るリッカの屋敷やアキヨリ達の身に起こった事などまるで関係無く静まり返った


炎の中で感情的に喚き散らすタニザワ ヤノスケの声も、もう誰にも聞かれる事など無い



「誰か!誰か教えてくれぇ!

いったい何が起こったってんだ!

ノブハルのヤツがいきなり起き上がったと思ったら奴等を連れて行っちまった

雷が落ちてワーワー羽が飛び散ったり

さっぱり分からねえ!

散々骨折って手回ししようが

命懸けようが結局俺は誰の目にもとまらねえ

何が起こったのかも分からねえ糞虫止まりって事なんだよなぁ!

うわーははははははっはー!!」



騒がしい男は口をつぐんで林を抜け林の下の沢に走った

心に突き刺した決意を突き刺したそのままに保存しておきたくて

ほんの僅かでも風化させたく無くて

言葉を使って表に出したくなくて

口をつぐんで走った


「みなさん足元気を付けてくんな

滑りますぜ」


林の先には皆が西の沢と呼ぶ沢の下流にあたる川があった

その沢と呼ぶには川幅も広く水深も深い川には

枝打ちされた太さ直結二尺長さ三十尺程の杉の丸太が三十二本、頑丈そうな縄で繋がれ浮かんでいた

そのイカダで更に下流へと逃れようという算段である


そのイカダにシラセ家一行はキリュウ達ジョスイの手下達に導かれ

足元を濡らし乗り込んでいるところだった


「みんなすまねぇ

よく辛抱してくれて

訳の分からねぇ俺達を信用してくれてよぅ」


ジョスイは心の中でつぶやき川岸から跳躍しイカダに飛び乗った

ジョスイの体重と跳躍の着地の力でイカダの端の三本が水に沈み

丁度イカダに乗ったところの赤子を抱いたオタマの足元が水に浸かりよろけてしまった

それを咄嗟に側にいたキリュウが支えたのでオタマは寸でのところで難を逃れた


「おっとすまねぇ大丈夫だったかい?」


オタマがジョスイを心配させまいと

微笑み頷くと咄嗟に口を開いてしまったジョスイはさっきの決意の事など忘れてしまったようだ


「こんな辛れえ時だってのに俺みたいな男を気遣ってくれなくていいんだぜ」


オタマはとんでもないと言わんばかりに首を横に振った


その行動は感激屋のジョスイの鍵穴に入り込み

時には軽く時には重い扉のようなものをまた開けてしまったようだ


「俺はよぅ…いやすまねえなんでもねえ…

みんな乗ったなそれじゃ行くぜ!」


ジョスイが川岸の岩とイカダを繋ぐ綱を脇差しを抜き断ち切ると

手下達は櫂で川底を突きイカダを下流へと川の流れに乗せて行った


ジョスイが言葉を途中で引っ込めたのは

心を焼かれるような感情を表にも出さず堪える者達を前にして

自分だけ感情を吐き出す事がどうしても躊躇われたのだった


「今はあの屋敷で過ごした時間を思い返してえだろう」


さっき会ったばかりの男が喚き散らしても安心させるどころか皆に余計な気を使わせてしまう

一息ついたと言える状況であるジョスイはソッポを向きシラセ家一行をワザと見ないようにした

手下達にも目配せしそうさせた


皆丸太に敷かれたムシロに座り

各々顔を合わせる事無く

それでも肩を寄せ合い

共有する大切な記憶を両手ですくうように思い返していた


ゲンは自分の両手の手のひらを見つめていた

仕事を覚え始めて生まれて初めて希望、夢を持てた頃を思い出していた


「ゲンは物事を突き詰め考えられる理性があるなあ

中々お前程の者はおらん

しかし最初に見たまま感じままも忘れたらいかんぞ

しかし十年後が楽しみだあ」


それは在りし日のゴクラクサイの言葉

自分を褒めてくれる期待してくれる

生まれて初めての経験だった


タノスケはオタマがくれた茶碗を懐から取り出し見つめていた

オタマが初めて作ったものだった

うつむいて差し出したいびつな茶碗を乗せた震えた手の感触を思い出していた

まだ二人は幼く目を合わせる事なく

庭の桃の花をただ見上げていた


チョウキチはイカダが上げる水しぶきを見つめていた

皆と短い夏には魚を取ったり水浴びをして遊んだ

ゲンやタノスケと捕って来たカブトムシを相撲させて遊んだ

オタマにはほおずきの鳴らし方を教えてもらった

マイに頼まれ蚊帳の中に蛍を放してその光を眺めながらいつの間にか眠ってしまい

翌朝命を粗末にするなとゴクラクサイに叱られた


オタマは赤ん坊の顔を見つめていた

タノスケがくれた草のかんむりを思い出していた

嬉しくて嬉しくていつも肌身離さず持ち歩いていた

ただ三日もすると草は枯れてしまい悲しくなり

人前感情を表すのが苦手なオタマが誰にも気付かれないように隠れて泣いていると

そっと新しい草のかんむりを頭に乗せてくれた

使われなくなった馬小屋

ゴクラクサイが使っていた空き部屋

夏には誰も寄り付かない冬の間食べ物を貯蔵する屋根裏部屋

どこに隠れようとタノスケだけはみつけてくれた


マイはアキヨリの脇差しを見つめていた

屋敷に来たばかりの頃を思い出していた

マイは朝から晩まで泣いてばかりいた

するといつの間にかリッカが側にいて

いつの間にか手を握ってくれていた

嬉しいのにその手を振りほどいてしまっても

ずっと側にいてまたいつの間にか手を握ってくれた

それが三日三晩続いた

食事の時も寝ている時も


イカダは流れて行った

だが皆が屋敷へ下ろした錨はずっと留まり続けるのだろう


皆が振り返る屋敷で過ごした十数年は瞬く間に夕闇を連れてきた


川岸の雑木林から身を隠しながら皆を見守っていた夜目の効かないリヨウが飛び出して来てイカダに羽を休めた



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