たった一つの
「あんたがリッカさんかい?
噂通りのべっぴんさんだな若大将にはもったいねえ」
時を少し遡りシラセ工房の面々が乗る木材を麓に下ろす籠は終点を目前とし
ジョスイは籠の速度を落とす歯止めを操作しながらマイに話しかけた
アキヨリの姿が消えた途端に取り乱し
チョウキチからアキヨリの脇差しを渡され少し落ち着きを取り戻したのが勘違いの原因だった
「ジョ、ジョスイさん ち、違う
それマイ
リ、リッカは母様に つ、連れて、連れていかれた…」
「そうかい、そうだったのかい
あの雷と羽はそういう事だったか…
若大将よ俺はおめえが大嫌いだが心中察するぜ」
ゲンはソヤカの存在を知っていた
そしてジョスイはゲンの言葉から全てを理解したようにつぶやく
やがて籠は綱のたるみを通過して緩やかに上る綱を上り始め一時の恐ろしいくらいの籠の速度は今にも止まりそうな位になっていた
「おいおいおい!上手く行ったと思ってたが これじゃ途中で止まっちまうぞ!」
ジョスイは止まりそうな籠に体を振って勢いをつけようとした
籠の下から地上の高さはまだまだ人が飛び降りて無事で済む高さではない
「おい、おめえ達もぽゃっとしてねえで こうやってやってくれよ」
「ジョ、ジョスイさん こうすればいい」
乗っている籠の上でいくら体を振ったところでどうにもならない
ゲンは籠の手すりの上に立ち綱を手で手繰り寄せ籠を進ませた
「それもそうなだな つい慌てちまったよ」
ジョスイもゲンに習い籠の前側の手すりに立つゲンの反対側の進行方向からは後ろの手すりに立ち綱を手繰り寄せようとした
綱にぶら下がる籠の手すりは当然不安定で
上に立ってから体の向きを変えるのは恐ろしくて
ジョスイは終始後ろ向きのまま綱を手繰り寄せていた
そのせいで見てしまった
見てしまったせいで高さと不安定さから来る恐怖を怒りが塗り替えて行った
「もう少しだ、もう少しで林ん中の終点だ
おめえ達見るんじゃねえ、見るんじゃねえぞ」
ジョスイは心の中で呟き必死で綱を手繰り寄せた
そのせいでゲンがふらつきジョスイを振り返ってしまった
「ジ、ジョスイさん危ない、早過ぎる
あ!ああああ!!」
「見んじゃねえつってんだろ!!」
ジョスイは籠に座って乗っている皆の上に覆い被さるように手すりから飛び降りた
「ジョスイの旦那!どうしたんでさぁ!」
林の奥から終点で待っていた手下が二人飛び出して来た
「おめえ達!早くしろ!早く籠を引っ張れ!」
「へ!へい只今!」
崖っぷちから手を伸ばし籠を受け止め林の奥へと手下達は走った
だが遅かった
「うああっ!」
「ううう…」
目を背けたくなる光景だったが皆目をそらしはしなかった
名残惜しむように慈しむように我が家のあるであろう林の奥から立ち昇る炎を見つめていた
「なんて事するんだい!
皆辛いだろうね悔しいだろうね
でもね…でも…あたしゃ何て言ったらいいか分かんないよ」
イヨ姉様は皆の肩を両腕でまとめるように包みこんだ
ズゥゥン
使い古した中身の無い米俵が積み上げられた終点に突っ込み籠は停止した
ジョスイは両手をついた
たがそれは米俵に籠が突っ込んだ衝撃が原因では無い
「おめえ達、気持ちはよく分かる
その気持ちをどうにかしてやれる事なんか俺には出来ねえ
だけどどうかこのサナガ ジョスイに免じて この先に用意したイカダに急いでくれ
この通りだ!」
ジョスイの気持ちが通じたのだろう
イヨ姉様に促され皆一人また一人と籠を降りて行った
それを両手をついたまま見送ったジョスイは一つの決意を我が胸に突き刺したのだった
「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょうおぉぉぉ!!
こいつ等が何したってんだ!
あの屋敷は敵の城か?!
ただ気のいい陶芸家達が支え合って肩寄せ合って暮らしてた
暖ったけえ あいつ等にとってのたった一つの居場所だったんじゃねえか!
この俺だってこんな惨え事はしねえ!
許さねえぞ!ナリカワの野郎絶対許さねえ!!」




