信じるもの
「アキヨリよ!ああアキヨリよ!
お前を裏切った俺をそのような声で呼ぶなぁぁぁぁ!」
ヒデカツはぐらつく足に力を籠め直し、二十歩先の書状を広げ掲げた兵に一歩二歩と踏み出す。
書状の兵と半信半疑ながら殺到して来た兵達はたじろぎ後ずさる。
「アキヨリよ!聞こえるか!
今から此奴らを一兵残らず打ち倒すから見ておれ!
いやいや、お前にとて到底出来ぬ業であろうから、嫉妬で気が触れるといかん。
早々に立ち去れ!
アクヤよ!聞こえるか!
お前の主人はおそらく腰を抜かすであろう、
主人に恥をかかせたくなければその脚力で、このヒデカツの武の光届かぬ彼方までお前の主人を遠ざけよ!!」
ヒデカツは確かに感じた。
アキヨリが自分を呼ぶ声に、確かに籠められた友情の燻りを。
それは独りよがりかもしれない。
だが
「俺がそう感じたからそうなんだ!」
アキヨリは川面より見上げる。
川面から岸までは急な川の流れにえぐられた崖になっている。
ヒデカツを救出に行こうにも、崖をよじ登る途中で矢玉を全身に受けるのは必定。
さらに意識を取り戻したヒデカツが川に飛び込まず留まるのは、水中で動きの鈍るアキヨリ達を鉄砲の狙い撃ちから守る為だ。
首尾良く崖を登りきり、共に力を合わせたとしても、敵はどうにか出来る数では無く、これでは敵わぬと、二人仲良く川に飛び込んだとしても、二人仲良く狙い撃ちされ、
それから先は二人仲良く魚のエサか、首だけになってこの騒動の幕引きとされるだけだ。
ヒデカツを助けようなどという行為は、罪悪感から逃れる為の自己満足以外の何ものでもない。
ゲンに体当たりされた背中と、タキにぶちかまされた喉元が熱く熱を帯び、自己満足な行為など許してはくれない。
「ヒデカツよ!ヒデカツよ!ヒデカツよ!
俺はお前を見捨てるぞ!!」
アクヤを下り手綱を噛み締め、アキヨリは川下へと泳いだ。
手綱がピンと張るくらいアクヤから先んじ泳ぐのは、絶対に振り返らない為だ。
「やはり尻尾を巻いたかアキヨリよ!
だが腐れに腐れ堕ちに堕ちた俺の生涯は、お前の俺の名を呼ぶ咆哮により意義を取り戻した!
俺に残されたこの一刻の修羅、天よ祝え地よ讃えよ!
でりゃあああああああああ!!」
ヒデカツの足が大地をえぐる、土が舞う、闘志の塊が迫り来る、
それらが兵達の足を怖じ気づかせ、逃げるも応戦も不可能、それ故に横薙ぎの大旋風の如き槍になす術無く、十数名がボロ切れの如く舞う。
しかし たじろいでいた兵達も木偶人形では無い、暴力を生業とする武士である、
次第に命を守るという本能に急き立てられ応戦し始めた。
ヒデカツは次第に包囲され、続け様に振り下ろしてはカチ上げ、薙ぎ払う槍に生じた刹那な隙間に背中を一閃された。
それは非常に浅く、修羅と化したヒデカツにとっては傷と言える傷ではなく、更に槍を冴え渡らせる糧となった。
「うおりああああああ!!」
更に威力と速度を増した槍から逃れる者は無く、その一振りに赤い土嚢が積み上がる。
ヒデカツは赤い堤防を踏み越え、目では捉えられぬ閃光を兵の脳天に叩き込み、赤い甲冑を更に赤く染め 尚 加速する。
「ひ!ひぃぃぃぃ!
ご勘弁を!ヒデカツ様ご勘弁を!」
逃げ出す者も現れた、しかし人間がいつまでも全力で槍を振るう事など出来はしない、
百振りだろうか二百だろうか それ以上だろうか、ヒデカツ本人はおろか、ここにいる者全ては極限状態 故に数など分からぬが、
遂にヒデカツが感じる己の体と外界の境界線が曖昧になり、手が伝えてくる槍の感覚が無くなり、足は浮遊感に捉われ、目がかすむ、
つまり ヒデカツにもう槍を振るう力は無くなった。
しかし兵達は 囲みを狭めようとしない、
体力の限界を超えたヒデカツから、それを補って余りある何かが放射され始めたのだ。
ここにある全てが停止した、だが膠着状態にあって反比例して動き出す者達があった。
ヒデサトの密命を受けた者は、鉄砲の十四人と書状の一人以外にもいたのだ。
その者はヒデカツに倒された一人を楯に動きの鈍ったヒデカツに近付き、三尺程の短く細い槍を突き出し直様転がるように距離をとった。
ヒデカツの反撃は空を切り、槍を振り回した反動で体をねじらせ ついに膝をついた。
鉄砲で弾き飛ばされた甲冑の胴の隙間から槍が突き刺さっていたのだ。
「アキマサ殿!イエナガ殿!
そしてアキヨリを守護する数多の英霊達よ!
只今よりこのナリカワ ヒデカツそなた等の末席を汚す事許されよ!!」
ヒデカツは死者の国があるとされる西の空に叫ぶ。
アキヨリはその声を背中で聞いた。
「うんぐぐぐっ!!」
手綱を噛み切ったアキヨリが胸に描くのは、膝をついたヒデカツの赤く染まり行く足元。
事実それはあり、ヒデカツの焦点の定まらぬ目は天を仰ぎ、耳は ぐわぐわと ありもしない音を脳に伝え続けた。
「空耳か?誰か何か言っている…」
ヒデカツの呟く空耳は空耳では無かった。
「各々方!聞け!そしてそれぞれの頭で考えよ!
この隊を指揮する者で無く、このような下賤の者が御館方様の書状など、なぜ持ち合わせるか!
そなた等の信じるものは何ぞ!
このような紙っぺらか?
儂が信じるは誠の心を持ち生を持つ人そのものぞ!
ヒデカツ様へのこれ以上の狼藉このアラキ キヨシゲが許さん!」
アラキ キヨシゲの大音声は事実この天地に炸裂していた。
その腕には絞り出された様な首があった。
おそらくヒデカツを逃がしたキヨシゲを亡き者にしようとした者だろう。
その者の首を腕で締め上げ引きづりながら、アラキ キヨシゲはヒデカツの前に歩み出ると、隆々と気焔を立ち昇らせ兵達の前に立ちはだかった。
その気焔は稲光りの様に大気を伝わり伝染した。
「ヒデカツ様をお助けしろ!」
「おお!!」
「うおお!!」
そこかしらからに挙がる鬨の声にアキヨリは振り向いた。




