さようならば
「また一番槍を持って行かれたな…」
時には先を行く相手の肩を掴み
時には体をぶつけ合い
幾度となく繰り返された
傍目には君臣とは見えないような一番槍争いがアクヤの上で見上げる青空に映し出された
「一番槍争いなどに重きを置かなぬ兄上からは褒美らしい褒美など頂戴出来ぬものを
なぜ我等はあんなにムキになっていたのだろうな」
それはほんのひとときのうたた寝のまどろみのように甘くアキヨリを覆った
確かにそれはほんのひとときだった
「アキヨリ様行きましたぞ」
「?!行きましたではない!!」
青空に映し出された一番槍争いは激しく回転し飛来した槍に粉々に打ち砕かれた
「もう力が入り申さん
四人目の石頭に弾き返され申した」
「何を呑気な事をを申しておるか!
俺はまだ頭が揺れておるのだぞ!」
槍は上昇する力を使い果たしアキヨリ目掛け急降下して来た
アキヨリを落ちぬよう支えていたチョウキチは色めき立った
しかし除けるなりアキヨリの太刀を抜き防ぐなり
何をするにも間に合いそうも無い
「ご自分の槍で御座いましょう
頭が揺れているくらいどうと言う事は御座らぬでしょうに
あぁ、馬の上で踏ん張るのもままならなくなって御座る
どうやらこれまでのようで御座る」
「おい!暫くだ!せめて!せめて一目そのツラを見せろ!」
「それもままならぬようで御座る
しかし拙者はアキヨリ様の顔充分拝ませていただきました故もう思い残す事などあり申さん
あぁ…思い残す事と言えば一つ御座いましたか」
「なんだ?!それは!」
「別れの言葉無しに御暇した事に御座る」
「タ…タ!」
「おっと!アキヨリ様それまで!
実は拙者ある御仁の力を借りて現れた次第
このオニヤンマを遣わした御仁で御座るのですが…
あぁいつの間にか槍も実にゆっくり回り中々落ちて参らぬな
あの御仁のおかげで御座ろう
さて、そういった場合 拙者の名を呼べばアキヨリ様も只今よりまた拙者と寝食を供にせねばならぬようで御座る
こちらにもあれやこれや面倒な決まり事が御座るようで
拙者には都合がよい事で御座るがアキヨリ様はまだまだやらねばならぬ事が御座る!
この先数々の困難が待ち受けおりましょう!
しかしながら!
決して希望を捨ててはなりませぬぞ!
決して御自身を責めてはなりませぬぞ!
それでは…」
「どうした?!」
「アキヨリ様より先に願いたい!」
「ふざけるな!勝手に現れ勝手に去って行くお前が先だ!」
「………………」
「さらばだ!さらばだぁぁぁ!」
「振り向いてはなりませぬぞ!
楽しゅう御座った!
幸せで御座った!
さらばで御座る!さらばで御座る!!」
糸の切れた操り人形と化したノブハルが落馬し手足を縺れさせアキヨリの横を転がって行った
「うあああああああああ!!」
槍は五本の指の間に陽光を纏い輝き激しく回転を始めた
アキヨリの腕は一直線に天を突き掌は弾き飛ぶが如く開かれた
落ちて来る槍から庇おうとその身を乗り出しアキヨリに覆いかぶさり硬く目を瞑っていたチョウキチが目を開けると筋肉を隆起させた腕が槍を握っていた
「チョウキチ!ありがとう!
もう大丈夫だ!」
チョウキチの身を柔らかく力強く起こし自らも兜の薄い鋼でこさえた前立てを反り返らせ起き上がると半町先には三十騎の騎馬武者の一団
「来るなら来い!
今の俺には触れる事すら至難の技ぞ!」
速度を上げたアクヤは瞬く間に先頭に進み出皆を後方へと追いやった
「シジマ アキヨリ!!」
斥候だろうか予定とは違う場所でアキヨリと遭遇した騎馬武者達は腰が引け無意識に密集し馬速を落としてしまった
「切り結ぶつもりが無いなら腰に大小など差してまいるな!
どりゃああああああ!!」
それが騎馬武者達の運の尽きだった
全速力で迫って来るアクヤと対する事ができ得物の届く所に位置するのは三人ないし四人
一人を相手にするのだ残りは回り込み包囲するべきだ
案の定後ろに隠れていた者達は突然目の前に現れた槍と蹄に薙ぎ倒され馬上に留まったままアキヨリとすれ違う術など無かった
素早く馬首を返し皆に向かい手を振るアキヨリに皆安堵の笑顔を返した
しかし皆の笑顔は凍りついた
突然山道脇の雑木林から異様な人影が飛び出し皆の元に戻ろうとするアキヨリを遮った
「若大将!こっちだ!ぽやっとすんな急げ!」




