親友
「痛い!痛い!痛い!痛い!」
痛みに思考の殆どを支配されノブハルは自分が今どんな状態なのか理解出来ない
うつ伏せに這いつくばり左腕を肩の関節とは逆に恐ろしい力で体の真後ろに持って行かれている
そして頭を踏みつけられているのはやっと理解した
だがどうやって馬から引き摺り下ろされたのかは全く分からない
さらに地獄の底から聞こえて来るような声
シジマ アキヨリの声だろうかだがさっきの声とはまるで違う
恐ろしい恐ろしくてたまらない
「話が違う!話が違うじゃないかタニザワ殿」
疲れ果て息も絶え絶えな落武者を一人始末する
赤子の手をひねるような仕事で尊敬と羨望を得られる
そんな浮かれた気分から奈落の底に落とされた訳だが取り巻き達がいる自分の優位は変わらない
ノブハルにはまだ追い詰められた感は無かった
「おい!お前ら早くこいつをなんとかし…!!!!」
腕を更に締め上げられた訳でも更に強く踏みつけられた訳でもない
何をされた訳では無いがノブハルは最後まで言葉を続けられなかった
心臓に何百貫もの重りを乗せられた感じに襲われたのだ
アキヨリは何をしたのだろう
見たのである
ただ怒りを籠めてノブハルを見たのである
「小僧!俺はもういっぺん言って見ろと言ったのだ!!」
「早くこいつをなんとかしろと言ってるじゃないか!」
しかし取り巻き達が何かする様子は無い
それどころかジリジリ後ずさりする者さえいた
ノブハルにはその様子は見えなかったがあまりの痛みに助けを待つ余裕は無くなっていった
「シ!シジマ!手を離せ!今なら命ばかりは助けてやる!」
「何度同じ事を言わせるのだ!
言葉の通じぬ獣はお前の方だ!!」
腕を締め上げているのは技では無いただ力である
その怒りで歯止めの効かなくなった力で握っているノブハルの手首を更に強く握り直した
手首から先が赤黒い風船のように腫れ膨らんでいった
「ぎぃやぁぁぁぁ!!助けて!!助けて!」
チョウキチもゲンも信じられなかった
これがアキヨリなのか
その後ろには他の皆もリヨウに呼ばれ母屋の外に出て来ていた
オタマは目を伏せ赤ん坊を強く深く抱きしめマイはガタガタ震え始めた
一番最後に現れたのはイヨ姉様である
「なんだい、なんだい、急に寒くなったと思ったら今度はヤケに暑いねぇ…!!
こりゃ何の騒ぎだい?!
ありゃ誰だい?!まさかアキヨリかい?!
一体どうしちまったんだい?!」
イヨ姉様の狼狽は突然現れた騎馬武者よりアキヨリの変貌によってだった
「人間の皮を被った獣め!
お前は侍共の勝手な都合で幸せを奪われた者を考えた事はあるのか!!」
メリメリメリメリメリメリメリ!
ノブハルの肩が悲鳴をあげた
「ぎぃやぁああああああ!!」
止めなくてはならない
大軍が迫って来ている一刻の猶予も無いのだ
誰かアキヨリを止めなくてはならない
だが頼みの綱のリヨウもアクヤも言わばアキヨリの家臣であり弟であり子である
守るべき者を思いやり過ぎて取り乱すアキヨリを諌めはするが怒りとなれば話は別である
ただ恐ろしかった
二名共リッカならアキヨリを諌め落ち着かせられると彼女の居場所はどこだったと思いを巡らせたが
リッカはもう戻らぬ事をあらためて思い知らされ悲しくなり最早アキヨリを諌めるどころではなくなってしまった
それに今のアキヨリは戦地で見せる怒りとは異質の今迄見た事の無い熱を纏った冷たい冷たい怒りを撒き散らしている
「おんぎゃあああ!」
それはトウカにも伝わりソヤカとの激しい戦闘にも機嫌をそこねなかったのが嘘のように激しく泣き始めた
ねんねこを咥えたアクヤはただオタオタするばかりである
「謝れ!チョウキチに謝れ!!」
メリメリメリ!!バキッ!!
最愛の息子もアキヨリの怒りを諌める事は叶わなかった
ノブハルの腕は一回転して力無くだらりと地に落ちた
「ぐべぇ…」
ノブハルは力無く呻き失禁して意識を失った
「俺の家族達の痛み!こんなものではないぞ!!」
アキヨリはノブハルの頭を力任せに蹴り飛ばそうと右足を振り上げた
もちろんそんな事をすれば青二才の頭は粉々に吹き飛ぶだろう
「ア!アギ!!こ、殺すな!!」
アキヨリは背中を釣鐘を突く鐘木で突かれたように突き飛ばされ倒れた
それは物理を超えた心の力だった
アキヨリを救ったのは親友だった




