滅びてしまえ たった一人の涙に支えられた世の中など
必勝の策、アキヨリの言葉はこの勝負もはや時間の問題と
たかをくくっていたソヤカの心の小さな影となった
短時間の接触ではあるがシジマ アキヨリという男は何の意味も無く大言を吐く男では無い事は分かっていた
何か必ず意味がある筈に違いない
ソヤカは探りを入れずにはいられなくなった
「勇ましいのは口だけのようだね
随分息が荒いようだが気のせいかい?」
「ご明察で御座る!
拙者の体力最早風前の灯火!」
「くっ!随分余裕そうじゃないかやっぱりなにか企んでいるね!」
「ご明察で御座る!
無意無策では猫の子一匹守れはせん!」
「鷹と馬が姿を消したがその策とやらと関係あるんだろうね」
ソヤカの術に包囲され身動きの取れないアキヨリをリヨウとアクヤが放っておくはずは無い
だが彼等の姿はアキヨリの突入の際には姿は見えなくなっていた
「ご明察で御座る!
拙者は一人では御座らん!
己一人を頼りとし吹きっ晒しの中たった一つの命で凍える義母上が
産まれついての両の腕に疾風と怒濤の二本を加え
家族を我が子をシジマ リッカを守る鋼の盾と化した拙者には
天地がひっくり返ろうと勝てる道理などあろう筈など無い事を
たった今から御覧に入れる!
どぅりゃあああああ!」
突然のアキヨリの雄叫びに一体何が起きるのかとソヤカは身構え顔を引きつらせた
だが何も起こらなかった
「なんだい!ハッタリかい?
その程度でわたしが隙を見せるとでも思ったのかい?!」
「ご明察で御座る!
一縷の望みで吠えてみたものの寸分の隙も見せぬ義母上に
これは敵わじとリヨウとアクヤは逃がしたところで御座る」
「いいかげにおし!このペテン侍!
なだめすかし揺さぶり陥れる
あんたらシジマの常套手段だろうに!
一体何を考えてるんだい!
白状おし!」
アキヨリが揺さぶりをかけて来ている
そんな事は百も承知であるがソヤカは冷静さを失いつつあった
「ところで義母上
我が高祖父の代にシジマ家に多大な助太刀下さった
義母上の異常なお若さに拙者心当たりが御座る!」
「くっ!何がお前なんかに分かるって言うんだい!」
眠る
何十年何百年
凍える寒さ
ソヤカの異常な若さ
ゴクラクサイとソヤカの共に過ごした時間は僅かだった
それらの鍵となる言葉がアキヨリを一つの答えへと導いた
義母上は一度(眠り)とやらについたことがあるのだ
アキヨリは考える
「遠い北の蝦夷の地で太古の獣が在りし日の姿のまま凍り付いて見つかった事があると言う
熊やヤマネは冬の間眠りにつくがヤマネなどは特に死んだ様に冷たくなり何も食べずに春まで眠っている
御山の守人もそれに似た技を持っているに違いない
そうやって若いまま何百年を乗り越え蘇るのだ
そう!
シジマ家には操炎の子は高祖父より産まれずやっと俺が力を授かり産まれたのだ
義母上は俺の誕生を眠りに着き待っていたのだ
いや、それはおかしい
何百年も待つ可能性もあるかもしれないのに義母上だけ眠りについても
何百年の先の世には義父はおるまい
リッカを身籠もり眠りについたのか?!
だったらリッカが産まれた後リッカを眠りに着かせればよいではないか!
そうすれば義父上も義母上も同じ時間を過ごせたはずだ!
一体何故!
何か理由がある筈だ
リッカだけをを眠りに着かせたく無かった理由…
分かったぞ!
何か危険があるのだ
おいそれと都合良く何百年の時をまたぐ事が出来る筈が無い
義母上はリッカを身籠もったまま眠り
そうする事により自分は我が子を守る為に何らかの危険を背負ったのだ!」
事の核心を突きソヤカの動揺を誘うつもりだったアキヨリだが
トウカのねんねこに籠めた自分の我が子への思いと
ソヤカの挺身を重ね合わせ貝の如く沈黙せざるを得なかった
それにこの事をリッカが知らなかった場合を考えれば
リッカがどれだけ悩む事になるであろうか
アキヨリがこの世で一番美しいと重んじる
他者を思いやる心を策になど用いる事など出来る筈が無い
「アキヨリ様の考える通りです!
お母様はわたしを身籠もったまま眠りについたのです!」
「なんと!リッカ俺の思いが分かるのか?!」
「アキヨリ様は決してペテン侍などではありません!
誠心誠意の方です!
お母様をわたしをトウカを思いやる心がわたしに流れこんで来たのです!
お母様の精神は死と隣り合わせの永い眠りにより恐怖に支配されてしまったのです!
わたしアキヨリ様を信じます
必ず勝って下さると信じます!
お母様をお救い下さい!
その先のどんな苦難にもわたしは耐えてみせます!」
「この先の苦難だと?!
耐えて見せるだと?!
リッカ!お前が掟を破ったら
この先なんて無いんだよ!
全て無になるんだよ!
まだわかんないのかい!!」
「滅びてしまえばよい!」
「なんだとう?!
アキヨリ!今なんとお言いだい?!」
「何度でも申し上げる!
たった一人の涙に支えられた世の中など
滅びてしまえばいいと言ったのだ!」
再び激昂したソヤカの術は弛みを見せた
その隙を見逃さずアキヨリは一本の巻き物を窓の外へと放り投げた




