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六角の花   作者: フミ
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母

距離をおくべきである


下がり続ける気温

視界もきかない程舞い散る羽

アキヨリの警戒域をものともせず零距離まで接近して来たリッカの形をした何者か


今までの経験など役には立たない事は分かり切った事である


だかあるいは己の身一つなら無謀を覚悟で

リッカの声が聞こえて来た大体の位置と勘をたよりにを救出に飛び込んだかもしれない


だが懐にはトウカがいる

アキヨリは反射的に後ろに飛び退いた

だがそれは彼にしては珍しく思考を介さない行動だった


「しまった!」


真後ろに飛び退く事はこの非常事態に臨む自らの備えに反していた


その備えとは

駆け付けざまにアクヤから飛び降り工房の入口に待機させ

リヨウとは背中合せに入口から二、三歩入った所で死角無しに構え

万が一身動きが取れない事態に陥った時はアクヤに引っ張り出して貰う算段であった


すなわち真後ろに飛び退けばリヨウにぶつかってしまう

アキヨリはリヨウの尾羽を踏まないよう大股で足をついた


だがついてはいなかった

脳は飛び退けと足に命じた筈である

トウカを庇うように左腕で包み込んだ筈である

下手を打ったがたいして態勢は崩さず次の一手と気を取り直した筈である


だが何も変わってはいなかった

アキヨリの足は脳との関係を絶たれたように立ち尽くし

リッカの形をした何者かは以前として最愛の息子との間に位置していた

その為その何者かの有様を見せ付けられる事になった

密集して舞い踊る白い羽から生えているのである

何者かは首から下は羽に隠れているのでは無く白い羽という土壌から植物のように生えているのである


「ならば一撃見舞うまで!」


何者かに動きを封じられたのか

それとも自らが怖じ気付いたのか

今更確かめる暇など無い

解決しなければならない難問は山積しているのだ


アキヨリは舞い踊る羽を燃やし

その熱を一点に集中しリッカの形をした首に突き刺すよう念を込めた


「お久しぶりですねアキヨリ殿」


だがアキヨリの出鼻を挫くように首は上を向き

目はアキヨリの目を捉え

口はアキヨリとの再会の言葉を発した


「どこかでお会いしたであろうか?

失敬だが失念した

妻と同じ顔しかも首だけなどという御仁は忘れる筈もないが!」


アキヨリの言葉には怒気がはらんでいた

得体の知れぬ者に久しぶりなどと言われ揶揄されたような気になっていた

欠片も動揺しないのは彼の胆力であり自らも持ち合わせる超常への寛容である


「うふふうふふ

立派に成長したのですね少しも慌てて無いなんて

こんな現れ方で本当に失礼しました

リッカの母ナガヨリの妻

シラセ ソヤカと申します

覚えていなくて当然だわ

あなたは生まれたばかりの赤ん坊だったもの」


ガタッ!


工房の奥では作業台の倒れる音

リッカが身を潜めた作業台を跳ね倒し立ち上がったのである


「お母様!アキヨリ様には何も伝えてはいけない約束です!

私はもう大丈夫です

お帰り下さい!」


「何をそんなに慌てているのリッカ

御守りの力で忘れて頂いたらいいのです

都合の悪い事は全部忘れて頂いてあなたは永遠に愛されるのよ」


「アキヨリ様は忘れてもわたしは忘れる事なんて出来ない!

お願いです!

帰って下さい!」


「わかりました、わかりました

でもトウカを抱かせて

それだけ叶えたら邪魔者は消えます」


「だめ!だめだめだめだめ!

ああぁぁぁ!アキヨリ様逃げて

トウカを連れて逃げて!」


「どういう事だリッカ!

まるで要領を得ん説明してくれ!」


リッカの言う通りになど出来る筈は無い

言う通り立ち去れば二度と会えない今生の別となってしまうような不安がアキヨリを襲った


それだけでは無い

今まで幾度と無く感じていたリッカから漂う超常の雰囲気の原因に行き当たった気がしていた

リッカの母もおそらくリッカも自分と同じ存在なのだ


こんな非常事態であるが

アキヨリの心には孤独から救われたような

安らいだ気持ちさえ湧き上がって来ていた


バチィィィィ!


しかしトウカを包む竹の揺り籠のようなねんねこから発した火花が再びアキヨリを安らぎという揺り籠から蹴り落とした


トウカを護りたまえとひたすらに念を込め

巻き物と同じ要領でねんねこには無数に呪文が書かれていた


その呪文にソヤカの羽の中から現れた手が触れた時

それを拒否するように火花が飛んだのだ


「おぎゃあああああああ!」


トウカの泣き声は何も遮る物無く工房に響き渡った

白い羽は全て姿を消していた

代わりに古の祈祷師の装束を纏った女が工房の隅に壁に向かい立っていた

うつむく後ろ姿からは右手の指を口に含んでいるように見えた


そしてその指を口から離し

振り向き様にリッカと同じ形をした口から恨みの言葉が放たれた


「だましたね!リッカ!」




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