一本の矢
侍の最後に見た物はそのクチバシだった
リヨウは間を置かずその日 四十個目の眼球をえぐり出した
侍は気絶したのか絶命したのか
呻き声も出さす仰向けにグニャリと倒れた
リヨウは軽く羽ばたき
一難去った事により腰の抜けたようになっていたゲンとタノスケの前にチョコンと舞い降りた
その様子は可愛らしくもあり先程の残酷な所業との落差と
返り血で真っ赤になったリヨウの顔に二人は目と口と鼻の穴を広がるだけ広げていた
リヨウは鉄砲が嫌いだった
弓から放たれる矢ならどんな至近距離でも
その優れた視力からくる観察力と並み外れた反射神経で躱せる自信があった
しかし鉄砲は違う
撃ち手の人間の動作は少く発射の瞬間を予測するのは困難で
火薬が爆発したのを確認してからでは弾丸の速度は速すぎてもう回避する事は出来ない
リヨウは上空から裏山に隠れた川中衆をいち早く発見し
鉄砲で武装した者から背後より忍び寄り
その理性により喉笛を食いちぎり声を奪ったあと
その本能により目玉をえぐり出した
「り、りよう、あ、ありがと
げ、けがないか?」
命をも投げ出す覚悟した直後に
普段のリヨウからは考えもつかない
残酷とも言える野生の本能と戦場で鍛えられた技を見せ付けられたのだ
普段の心理状態を取り戻すのは容易ではない
やっと声の出たゲンにリヨウは翼を一度羽ばたかせ健在ぶりを示し
柔らかい視線を二人に向けた
鷹の目に表情はほぼ無いのだが
確かにそれは尊敬の篭った眼差しだった
「そっ!そう、そうだ!
り、りよう!
りっ!りっか!」
工房からは侍の呻き声やリッカの叫び声が聞こえて来ていた
当面の危機から脱しリヨウの無事を確認した二人は普段の思考力を取り戻し
リッカに危機が迫っている事を身振り手振りも合わせ慌ただしくリヨウに伝えようとした
それを見たリヨウは落ち着けとばかりに一呼吸おいた後
アキヨリとの会話に使う札を二枚むしり取り二人の目の前に交互に差し出した
その札とは
「アキヨリ」
と
「来た」
という二枚であった
するとリヨウは声の限り天に向かい耳をつんざくような雄叫びをあげた
「ピイィィィビョロロロロゥゥ!」
ゲンとタノスケは驚き目をむいて耳を塞いだ
すると間を置かずもう一つの雄叫びが遠雷のように響いてきた
「リヨォォォォォォォウ!!」
アキヨリがすぐそこまで来ている
ゲンとタノスケは顔を見合わせ自分達の役目はゴクラクサイの部屋にいる家族を守る事だ
工房にはリヨウならば一瞬でたどり着く
リヨウに一つ頷いて見せ二人は母屋に駆けて行った
リヨウは侍の肩に刺さった槍を咥え引き抜き一直線に工房へと飛びたった
庭に咲き乱れる桃の花の花びらを舞い散らせ木々の間を抜けると
工房の蹴破られた引き戸が目に入って来た
リヨウは警戒心を最大まで引き上げ翼をたたみ強弓から放たれた矢のように突入の体勢をとった
それはもう一本の矢も同じであった
ダカダッ!ダカダッ!ダカダッ!
門を吹き飛ばすばかりに潜り抜けアキヨリとアクヤは低くただ速度の為に低くやはりその姿も一本の矢であった
ズアッ!
空気を切り裂き突き出されたアキヨリの右手の五本の指は
各々最大限に弾けるよう開かれ槍を欲していた
その手に槍が握られると二本の矢は一本になった
アキヨリの手には槍だけではなく四枚の札も握られていた
「敵」
「千」
「距離」
「三里」
「まことか!?リヨウ!」
一体迫り来る敵とは何者だろうか
何者であろうが自分が原因で家族を巻き込んだ事に変わりはないだろう
自責の念に捕らわれそうになったアキヨリだが
工房から漂って来る超常の力が放つ独特の妖気と
音を介さず直接心に聞こえて来るリッカの助けを呼ぶ声に
あれこれ考える前に己をただ刃の塊とする為叫んだ
「今は己の咎は思考の埒外とせよ!
南無八幡大菩薩!!」
落雷した楠木は一番太く枝分かれしたところから裂けていた
その周りには無数の白い鳥の羽が舞っていた




