三本の狼煙
作務衣に着替えロクロの前に座り
さあ、これからといった時
リッカの耳に悲痛な助けを呼ぶ声が飛び込んで来た
「なんだろ!?
とりあえず わたし見てくるね
みんなはお仕事続けて」
作業を途中で中断されるのは職人にとって苦痛である
既に仕事に没入している皆を気遣いリッカは声のした門の方へ駆けて行った
「あぁ、走るの楽だわ
それにしてもこんな山奥に誰なのかしら?
あっ!」
リッカの目に半開きの門にすがりつき上半身だけ起こし
振り分け荷物姿の旅人が倒れていた
ぼろぼろに破れたすげ笠が垂れ下がり顔が良く確認出来ないが知人では無いようだ
「どうしました?!
お怪我なさったのですか?!」
「お助け下さいませ!
お助け下さいませー!」
「落ち着いて
一体何があったのですか?!」
「山賊でございます!
旦那様と仲間達が!
わたくしはノガミと申します
わたくし供は薬の行商を商っておる者でございます!」
「分かりました!
足を怪我しているのですね」
リッカは要領を得ない旅人の全身をくまなく観察して
少しでも事態を理解しようとした
「はい!命からがら山奥の斜面を転がって逃げて参りました
そこにこのお屋敷が見えましたもので這って参ったのでございます」
「痛みますか?手当てして差し上げますね
わたしでは家までお運び出来ませんので男手を呼んで参ります」
「わたくしはよいのです!
男の方がいらっしゃるなら旦那様達をお助け下さいませ!
後生でございます!」
旅人はすげ笠を取り頭を下げ地面に擦り付けた
顔が見えた
リッカには旅人の顔が見えた
「大丈夫、安心して我が家には物凄く強い人がいます
今呼んで参ります」
「ありがとうございます!
ありがとうございます!」
リッカは来る時より数倍速く工房に戻り
皆に聞こえる出来るだけ小さい声でこう叫んだ
「みんな落ち着いて聞いて
みんなお父様の部屋に隠れて
ゲンはイヨ姉様に声をかけてお父様の部屋にお連れして
訳は後で話します
決して慌ててはだめ
わたしも必ず行くから
さっ!早く!」
ゴクラクサイの部屋は外からは入口の分からない特別な部屋だ
そこに隠れろと言うのだ只事ではない
だが皆リッカの必死な様子に訳もたださず従った
赤ん坊を抱いたオタマを守るように皆母家に向かって行った
「急がなきゃ!アキヨリ様に知らせなきゃ!」
登窯に向かい走るリッカをアキヨリから見せられたニザエモンの置き手紙の文言が急き立てた
タニザワ ヤノスケ
身の丈四尺五寸
離れた細い目
四角い顔
痩せた猫背
気を付けられよ
まさに門前で倒れる旅人であった
「アキヨリ様が言ってた
アキヨリ様がいない時この男が現れたら皆お父様の部屋に隠れて待ってろって
最悪の事を考えて充分注意しろって
アキヨリ様がいるかどうか確認に来たんだわ
山賊がこの山で出たなんて言ってアキヨリ様をおびき出すつもりなんだ
それでわたし達を人質に取って…
でもこれでアキヨリ様がここにいると思い込んでるはずだわ
しばらくあそこで倒れているといいわ」
登窯には火が入っていた
窯の修復の為の煉瓦を焼いていた
その為たいして神経も使わず付きっきりになる者も無かった
リッカは四つ連なる内三つの窯の薪の入口を無造作にこじ開け
アキヨリが庭木を剪定して後で燃やそうと積んでおいた
まだ生木の状態の枝葉を次から次へと放り込んだ
煙突からは三本のもうもうとした煙が立ち上った
「これでよし
わたしも早く隠れないと!」
門前で倒れるヤノスケの目にも立ち上った三本の煙が映った
「勘付かれたか!なぜだ!
だがこれでアキヨリは留守ということだ」
ピィィィィー!
ヤノスケは首に下げた小さな笛を力一杯吹いた
「笛の音?!
きっと仲間を呼ぶ合図なんだわ!」
色を失い母家へと急ぐリッカに追い討ちをかける事態が襲った
登窯の裏の斜面を甲冑の胴と鉢金を身につけた軽装だが武装した侍が駆け下りて来たのだ
「待て!女!
この屋敷は包囲されておるぞ!
大人しくすれば手荒な真似はせん
待て!待たんか女!」




