15年前、母は… ☆2
あれから何時間経っただろうか。部屋に突然明かりがつけられた。いつの間にか私は寝ていたらしい。
部屋の中にはいつもの母がいた。時計を見るともう夜中の2時だった。目を覚ますと再び夕方の出来事を思い出したが、それが寝ている間に見た夢のようにも思えた。そうじゃないことぐらいわかっていたが、そうあって欲しいと言う思いが現実をねじ曲げてしまったらしい。
「お父さんは帰ってきたの?」
なぜか、最初に母に聞いたのは父のことだった。きっと、夕方のことを父に言わなくてはいけないと思ったのだろう。
「ああ、とっくんの昔に帰ってきて、夕食を食べて、寝てしまったのよ。明日も早いんだって…」
「どうして、僕を起こしてくれなかったの? 夕食のときに…」
どうして、こんな夜中に起こして、夕食のときに起こさなかったのか、不思議でならなかった。
「それは正志があまりにも気持ち良さそうに寝ていたからよ」
「じゃ、どうして、こんな夜中に起こしたの?」
あまりにも見え透いた嘘に腹が立った。夕食のときに私を父に会わせたくなかったから、そのまま寝かしておいたと言うのが本当のところだろう。
答えに窮した母は突然、私を抱きしめて、「ごめんね。正志」と何度も言った。ほんの数時間前まで見知らぬ男に抱かれていたくせに、汚らわしいと思った。
でも、母の力は思った以上に強くて離れることはできなかった。こんなにやったことを後悔するぐらいなら、どうしてあんなことをやったのだろうか…。あの頃の私には、そんなことを理解できるはずもなかった。母は「さびしかった」と何度も言うだけであった。
「どうして、父さんには『さびしかった』って言わないの?」
よく、こんな残酷な質問ができたものである。母は言葉を失った。どうしていいか、分からなくなった母は一度一回に降りてから、ハンドバックを取ってきた。そして、おもむろに3万円を取り出して、やぶから棒にこう言った。
「これをあげるから、今日の出来事は父さんに黙っててくれないかな…。父さんには母さんから直接謝るし、『さびしい』って気持ちもきちんと伝える。だから、正志は黙っててくれないかな…」
3万円と言う大金を見て、中学生の私の正義心は簡単にゆらいだ。月にもらう小遣いが千円だったから、2年半分の小遣いが目の前でひらひらしていたのだ。
それにこの頃、私はまだ男女の関係やら援助交際などと言うものをまだよく知らなかった。もし、知っていれば、この3万円の出所だってすぐに分かったはずだった。それに気付いたのはずっと後だった。
その上、Kのこと、母のことと1ヶ月の間に信じられないことが続けて起きたため、何が何だかもう分からず混乱していた。このお金をもらって、この日見たことを黙っていれば、母も困らないし、私も得すると言う考えしかできない状態だった。言い訳するつもりはないが、それがあの頃の私の下した判断だった。
言わないと約束した後、母は何度も念を押して3万円をくれた。そして、足早に僕の部屋から去っていった。気がつけば、もう3時前だった。
あのとき、お金を受け取らずに父に全てを話していたら、家庭は壊れていたかもしれないが、私は大切なものを失わずに済んだはずだ。あれから何年か後には父が「君が好きなようにやっているから、僕も好きなようにやらせてもらうよ」と言っていたのを耳にしているから、どっちもどっちなんだろう。
しかし、そうであったとしても、私はあのとき大切なものと引き換えに3万円を選んでしまったことを今でも後悔している。3万円で母に良心を売ってしまった。
エンコーで体を売る女子高生や女子大生と対してやっていることは変わらない。歳を取れば取るほど、その罪の重みは大きくなるばかりである。母は秘密を守るために、私の心を買い、父も母の弱みにつけ込んでやりたい放題やっている。
あれから15年、この家庭はそこまでして守られるべきものだったのかと、ふと思うのであった。