15年前、母は… ☆1
あれはちょうど中3の二学期が始まった日だった。私は夏休みにKと川口先生のことを知って以来、勉強に打ち込むことで現実から目を背けようとした。そうしないと自分が持たなかったのだ。
Kのことは初恋だった。だから、どうしていいのかまったくわからなかった。初恋でこんなつらい思いをするとは思ってもいなかった。磯辺がくるしさのあまりにどうしたらいいのか、まったく分からないように…。
あの日、学校が終わった後、塾へ行ったら塾が休みだった。何でも学校が始まったので、そのための時間割を作ったり、夏休み最後の模試の採点をしたりで講師たちは忙しいらしい。
一応、夏期講習の最終日に塾講師から連絡があったらしいが、私はそれをすっかり聞き逃していたのであった。
「君は筆箱やノートを忘れたり、塾がない日に塾へ来たりと…本当におっちょこちょいだな。そんなんじゃ、どんなに勉強しても入試のときに何かポカをやらかすぞ」
いつの間にか警備のおっちゃんとあいさつ程度の話をするようになった。きっかけはあの雨の日に筆箱とノートを忘れたことだが、あれ以来あいさつをかわすようになった。また、何かしでかせば、あっさりとした小言を言われるようになった。
いつだったか、「君は誰にでもあいさつしてえらいなぁ」と言われたこともある。『あいさつを見れば、人となりがわかる』と言っていたような…。警備員と言う仕事柄、人を見る目がないとやっていけないのかもしれない。
みんな、おっちゃんみたいにあっさりしていればいいのにと思いながら、家に帰ることにした。間抜けなため、人一倍怒られることが多い。それにしてもネチネチとねちっこく怒る人の多いこと、多いこと。そんな怒られ方をしたら逆に反発したくなる。でも、おっちゃんから言われると素直に聞けるから不思議だった。
家に戻ると玄関に見知らぬ男の人の靴があった。父の靴に比べて少し大きい茶色の運動靴だった。父は革靴しかはかない人なので、運動靴は明らかに異質な存在である。
ふと見ると一番奥の部屋から明かりが漏れていた。そこは両親の寝室であった。静かに足音を立てずに、そこへ近付いていく。すると、そこからかすかにきしむベッドの音と、荒い息使いが聞こえた。
まさかと思った。まさか、母に限ってそんなことはないと思っていたのに…。ドアのすき間からのぞいてみる。ベッドの上で体を重ねている男女がそこにいた。
そのとき、運悪く見知らぬ男性と目が合ってしまった。しまった!と思った。しかし、男は何も言わずに続けた。母は声にならない声を出すだけであった。
嘘だ! 嘘であってくれ! そう何度も思った。しかし、目の前で起こっていることは紛れもない事実である。あまりに突然の出来事を私は現実として受け止められなかった。いても立ってもいられなくなって、すごい勢いで2階の自分の部屋に駆け上がった。もはや、足音なんかどうでもよかった。
「おい、奥さん。奥さんが奥さんなら、息子も息子だな」
そう男が言ったのが去り際に聞こえた。意味はよく分からなかったけど、男がすごく恐ろしいことを言ったのだと言うことだけはわかった。何が何だか全然分からないけど、すごく怖かった。
これまで当たり前だと思っていたことが、こんなにも簡単にもろく崩れるとは思わなかったから…。
暗い中、明かりもつけずにベッドの中でうずくまった。まだ9月になったばかりだと言うのに、体がガチガチに震えた。涙が止まらなかった。自分が何者なのか分からなくなりそうだった。




