束の間の休息
とうとう、二学期が終わった。一二月は本当に忙しかった。毎日のように学年会をして、二者面談で生徒がどんな進路選択をしたいのかを聞き、三者面談で親御さんと生徒の意見を聞き…。ヘトヘトになりながらも、栄養ドリンクを飲んで、何とか無事に終えることができた。
最近、磯辺とは社会の質問に来る時以外、あまり関わっていないのでよく分からないが、田村先生の話ではやはり△△高校の美術コースを狙っているらしい。
やる気があるらしく、一二月の二学期の期末テストはとてもよかった。社会は採点していて驚いた。他の教科もよかったらしい。数学の大室先生もかなり喜んでいた。しかし、このテストの結果は内申書には反映されない。それが残念であった。
もし、大室先生の話を聞いていなかったら、もう既に磯辺に対する警戒を完全に解いていただろう。それぐらい、彼女は変わった。しかし、大室先生の話を聞いてから、警戒を完全に解いてはいけないと思うようになった。
山上さんの話を思い浮かべた。やはり、とても不幸な話である。世の中には常識や思い込みでは説明できないことがたくさんある。しかし、それが実際に起こったことである以上、どんなことであろうと受け入れる必要があると思う。現実は空想や小説なんかよりも、はるかに奇に満ちているのだから…。
あれ以来、大室先生と飲みに行くこともなければ、学校で話すこともめったにない。今となっては幻のような出来事であるが、あれは確かに事実である。学校では相変わらず、仏頂面でつまらなさそうに授業をしている。
もちろん、職員室でも相変わらずである。今まであんな風にはなりたくないなぁとばかり思っていたが、あの話を聞いてからは本人もつらいのだなと思えるようになった。人の内面を知ってから分かることもたくさんある。
冬休みに入ってからは職員会議や研修が三日ほど続いた。この仲で年度末の定期異動の話も出た。このとき、一人一人が希望表を書くのだが、私は教育委員会への出向とこの地区から遠い地区への異動の希望を出した。
まだ、この学校に来てから二年目なので残ることも希望できたが、一連の事件の中でしばらく現場を離れて、自分と教育現場を見つめ直そうと思うようになっていた。毎年、教育委員会などから現場へ戻りたい人は多いのだが、逆に出向を希望する人は少ない。
なので、行きたくもないのに役所へ行かされる人は意外と多い。多分、この希望はかなりの確率で通るのではないか。実際に異動が内示されるのは三月上旬、職場に公示されるのは中旬、新聞等で公表されるのは三月末のことであるから、まだどうなるかはわからない。
それから仕事納めをして、年末年始の休暇に入った。実家へ帰りたいとは少しも思わなかったが、学生時代の友人とは会いたいと思ったので二年ぶりに帰省することにした。
許されるなら、この勤務校から、この町から今すぐに離れたい…。そんな心持ちであった。できることなら、実家へもあまり帰りたくないのだが、実家に帰らないと旧友に会えないので、そこは我慢することにした。
たまには旧友と会って、とりとめのない話でもして、現実を忘れたかった。とは言っても、もう三〇にもなると周りでも結婚している人が多いから、自分のように独身で自由がきく人はあまり多くなかった。それでも集まれたら集まりたいなと思いながら、実家へ帰ることにした。




