学年主任からのお誘い
とうとう、最後の県下一斉テストも終わってしまった。このテストが終わったことで三年生の関心は完全に高校受験へと移る。だが、テストが終わった直後なので、少しだけのんびりとした雰囲気が漂っていた。
一方、我々教員たちはテストの採点、得点入力、二者面談に三者面談の準備で大忙しであった。そんなことをしているうちにあっという間に一二月になってしまった。年が明けたら、もう願書提出や中学校最後の定期テストをすませて、生徒は高校受験に臨むことになる。
毎年のことだが、職員室の中で三年部の机だけがすごいことになっていた。特に5教科とクラス担任を両方持っていると、もうとんでもないことになる。
猫でも猿でもなんでもいいので、手を借りたいと心の底から思うのであった。もちろん、これと並行していつもの授業もあるわけで、それもまたおろそかにできないのであった。
やっと得点入力まで終わったところで、今度は毎日のように学年会であった。ここで二者面談や三者面談の詳しい日程、クラス担任の教員を他の教員がどうサポートするかなどを話し合うのである。
また、年が明けた後の願書のとりまとめや各高校への願書提出の割当なども、この頃までに全て決めるのである。そうしているうちに一二月も中盤にさしかかっていた。本当、師走とはよく言ったものである。
「福井先生、今日この後、さしで一杯やりませんか?」
学年主任の大室先生がいきなり声をかけてきたので驚いた。しかも、左手でおちょこを形作って、飲むマネまでやったのである。私も驚いたが、それ以上に他の先生たちが驚いていた。
あの無口で必要のないこと以外は一切口に出さない人から、突然飲みに誘われたから驚くのは当然である。しかも、さしである。この先生とは常々さしで話してみたいと思っていたが、こんな突然誘われるとかえって身構えてしまう。
「大室先生、今日は金曜ですし、せっかくなら三年部全員で行きましょうよ」
まだ学年会が終わったばかりで全ての教員が残っていたから、私は周りに配慮したのだ。ところが、週末だからこそ用事のある人も多く、そのことに難色を示す先生が多かった。
最近ではこうやって突然飲みの誘いをしても断られることが多いし、嫌がる人が多いので、職場での飲み会も昔に比べてかなり減っている。
「福井先生、せっかくお誘いを受けたんだから、大室先生と言ってきたら? それとも何か外せない用事でもおありですか?」
そんな空気を読んでくれたのか田村先生が二人で行って来るように即した。そんなことを言う彼女も最近は親御さんが倒れて寝たきりになったため、看護が大変だとぼやいていた。
中にはそれとなく用事があることをにおわせて帰ろうとしている人もいる。意外なことかもしれないが、大室先生を苦手としている人も結構いる。ここで私が「喜んで行かせて頂きます」とでも言わないと、後からみんなに恨まれそうだったので、田村先生の質問に肯定的に答えた。
「いえ、何もないので、他の方も何もないものと勝手に決めつけていました。でも、よく考えてみたら、そんなのは独り身の私ぐらいですよね。大室先生、喜んでご相伴させて頂きますよ」
最後は少し皮肉っぽく聞こえたかもしれないが、仕方ない。とっさにうまく対応できるほど、器用な人間ではないから…。
それにしても不思議なことにこの学年の教員は私を除いて、みんな既に結婚している。もちろん、土橋も。結婚に先輩も後輩もないとはよく言ったものである。
そして、私が行くと行ったので、それまで動けずにいた先生たちも一斉に立ち上がった。そして、クモの子が散るように帰って行った。私はそれを見て一ヶ月前の美術室での出来事を思い出した。帰り際に大人も子供もないようである。




