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磯野あおいの絵(1)

 あの手紙を書いてからの磯辺は人が変わったかのように、再び何でも積極的に取り組むようになった。


 一一月に入ってから、今までの遅れを取り戻すかのように彼女は頑張っていた。それは彼女の担任の田村先生や学年主任の大室先生を初めとした、全ての先生が口をそろえて認めている。


 前みたいに授業やテストでわからないところがあると、私の所に聞きに来るようになった。二学期から社会科準備室に生徒が入室禁止になったので、私の教室で質問を受け付けるようになった。


 他の生徒に混じって、磯辺も質問をしにやって来る。前みたいに無駄話をすることもなく、熱心にいろいろと質問していくのであった。最初、あの手紙を見たときは半信半疑だったが、どうやら彼女は本当に変わったようであった。


 あれから何度か土橋と飲む機会があったが、しきりに「磯部さんの絵に生気が戻った」とか「福井さんもこれで楽になれますね」などと言うのであった。


「あっ、そう言えば、磯部さんは△△高校の美術コースを受けたいと言ってましたよ」


「へえ、△△高校の美術コースねぇ…。あそこは五教科プラス実技だったな、確か…。土橋はどう思う? 磯辺の絵はそんなにうまいのか?」


「あれだけうまければ、絵は何とかなるでしょう。問題は筆記じゃないですか? あそこはそれなりに人気があるから、筆記である程度とらないと、ちょっと厳しいですね…」


 ふと、そんなやり取りを思い出したので、気分転換に美術室に顔を出してみた。すると、そこで美術部の生徒にあれこれ指導している土橋がいた。今年の夏までここに三年生もいて、その中に磯辺がいたと思うと不思議な気分になった。


「土橋先生、お忙しいところ申し訳ありません」


 そう言うと、土橋は私に気付いたらしく、ちょっと驚きながらもこっちへやって来た。


「急にで申し訳ないですけど、ちょっと磯辺の絵を見たくなりなりましたので…」


 学校にいるので、いつものようなぞんざいな話し方はできなかった。それはもちろん、土橋も心得ている。


「そうですか。それはちょうど良かった。実は今日、田村先生に絵を見せる約束をしていたものですから…。申し訳ないですが、ちょっと待ってもらってもいいですか、福井先生? あと五分ほどで田村先生もいらっしゃいますから…」


 そう言って、彼はまた生徒の輪の中に戻った。そして、また絵の指導を再開した。


 仕方ないので、しばらくそれを眺めることにした。最近気付いたことであるが、土橋にとって磯辺は自分でその才能を見いだして育ててきた最初の生徒の一人である。


 彼は二年半前にここに再配置(新規採用後にある最初の異動)で移ってきた。初任校で三年間積んだ経験を生かして、この学校に美術部を作ったのは彼である。


 私が去年、この学校に移ってから土橋はよく


「磯部さんはすごいんですよ。絵の才能がある。美術教員として、彼女みたいな生徒に会えるのは教師冥利につきると言うものです」


と言っていた。特に教師になってから、初めて三年間同じ学年の生徒を持ち上がりで見ることになった彼にとっては、磯辺は特別な存在と言っても過言ではない。


 どうして今まで気付かなかったのだろうか。彼は別に私をかばっていたわけではなかったのだ。彼は一人の教師として、「手塩をかけて育てた特別な生徒」をかばっていたにすぎない。


 そう考えたほうが自然だし、全て納得がいく。こんなとき、自分はどうしようもないほど、周りに疎い人間だなと痛感する。そして、その鈍感さでたくさんの人間を傷つけてきたのだろうと思うと、無性に自分がとても情けない人間に感じた。

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