第4話 荷はどこで数える
「塩を一つ。それと針を二本」
朝の交代の鐘のあと、最初に門から出てきた兵がそう言う。夜番明けらしく、目の下が黒い。
「塩一つと針二本で、銅貨6枚です」
兵は銅貨を数えながら、大きなあくびをした。数え終わる前にもう一回する。
「針、何に使うんですか」
「靴下。かかとが三つとも抜けた」
「三つ?」
「足は二本だけどな。一つは予備のつもりだったんだよ」
予備から先に穴が開いたらしい。
交代の一刻で、塩が2包みと針が2本。銅貨10枚。
売れ残りを数える。塩が12包み。針と石鹸は、まだ山ほどある。この砦でいちばん売れる豆とパンは、一袋もない。空の木箱の底に、豆の薄皮が二、三枚へばりついているだけだ。
売り台を畳んでいると、門の脇で麦袋を下ろしていたカイルが、肩の袋を宿の荷車に放りこんでこっちへ来る。今日は呼んでいない。宿の荷運びだ。
「水、もらっていいか」
桶の柄杓を渡す。カイルは一息で飲んで、口を袖で拭った。
「ブリュックまで、豆を仕入れに行きます」
「三日かかるんだろ、片道」
「往復六日。向こうで一日。祭りまでには戻れます」
「で、俺は?」
「明後日から七日、街道です。お願いできますか」
「街道の日は、宿と三食だったな」
「はい」
「行く」
返事は早い。それから、カイルは宿の窓のほうへ目をやる。
「師匠は」
「留守番です。宿で待っててもらいます」
「そうか」
それだけ言って、カイルは荷運びに戻っていく。窓のほうは、もう見ない。
旅の費用を帳面に書く。
カイルが一日15枚で、七日で105枚。道中の自分の宿が56枚。飼い葉が14枚。留守のあいだの師匠の宿が56枚。合わせて231枚。銀貨にして二十三枚と少し。
(30枚の枠から出るのは、カイルの105。残りは、行商の帳簿)
仕入れの旅は、いつも師匠と一緒だった。今度は、行商の金を豆の代金だけでも銀貨16枚、懐に入れて、師匠抜きで街道を下る。カイルに払う分は、その用心の値段だ。
231の下に線を一本引いて、出発の日付を書く。
窓際の席で、師匠は冷めた湯を前にしている。
「豆は、1袋銅貨1枚の店があります。見積書の100袋で銀貨10枚。自分の売り物に、もう60袋」
師匠は黙っている。
「帰りは豆が160kg。堅焼きパンも積みます。一頭立てで400kgまでなので、坂の分を考えても――」
「足りるな」
「足ります」
師匠は懐から革袋を出して、卓に置く。中で銀貨が鳴った。
「豆とパンで、銀貨十枚ほどです。見積書の100袋は、値を聞いてから決めます。決める前に、また言います」
師匠は革袋から手を離した。
「仕入れた荷は、どこで数える」
「受け取るときと、渡すとき。両方です」
考えるまでもない。八つのころから言われ続けている。
初めて市場で仕入れを手伝った日のことは、まだ覚えている。塩の袋が重くて、粗い麻が頬に当たってちくちくした。積むときに師匠が「数えろ」と言う。降ろした先で、もう一度「数えろ」と言う。
一袋、足りなかった。
両方で数えていたから、積んだあとで減ったのだと分かった。リナは泣きながら坂を下りて、溝に落ちていた袋を拾ってきた。
師匠は、叱らない。拾ってきた袋を荷台に戻して、もう一度「数えろ」と言うだけだ。
数え直して、ちゃんと合う。そのときの手の冷たさまで、まだ覚えている。
「片方だけ数えても、途中で減ったら――」
そこまで言って、続きが出てこなくなる。
(補給の荷も、同じだ)
ブリュックで誰かが積む。誰かが三日かけて運ぶ。砦で誰かが受け取る。最後に誰かが帳簿に書く。
帳面の新しいページに、四つ書いた。
出荷。
輸送。
受領。
記帳。
自分が見たのは、いちばん下だけだ。136袋が本当に着いた数なのか。その前に、何袋だったのか。一つも、自分の目で数えていない。
顔を上げると、師匠は窓の外を見ていた。
「補給の荷が着いたとき、砦ではどうやって数えるんですか」
夕方の交代の前、門の前でハンスをつかまえる。ハンスは帽子を持ち上げて、頭をかいた。
「どうって。運送屋が送り状を持ってくる。主計係がそれと照らして、帳簿に書く。倉庫まで担ぐのは俺たちだ」
「送り状には、何袋と?」
「さあな。そいつは主計係の仕事だ。俺たちは担ぐだけでよ」
「担ぐとき、数えますか」
「数えねえよ。いつもと同じくらいなら、それでいい」
「いつもは、何袋くらいですか」
「十七だな。坂がきついから、満杯にはしねえんだろ」
それから、ハンスは声を落とした。
「そういや、主計係のやつ、昨夜から倉庫にこもってる。隊長の命令で、全部数え直してるんだと。何が出てくるかは知らねえ」
「トマスさんが、一人でですか」
「一人でだ。倉庫の窓の灯りが、朝まで消えなかった。交代のたびに、まだ点いてやがる」
リナは、昨日の机を思い出す。トマスが最後まで置かなかった、紐で綴じた薄い束。
あれも、一緒に数え直しているのだろうか。
リナは売り台の塩を一つ手に取る。
「次の便から、担いだ袋の数を数えてもらえませんか。数えてくれたら、これを」
「塩一包みで、麦袋を数えろってか」
「担ぐついでです。ついでの仕事にしては、いい値だと思いますけど」
「口のうまい嬢ちゃんだ」
ハンスは笑ったけれど、断りはしなかった。
「先払いじゃねえのか」
「数えてからです」
「……口だけじゃねえな」
帳面の「受領」の横に、三角を一つ付ける。分からない、の印だ。
坂の下から、車輪のきしむ音が上がってくる。
夕方の鐘の少し前だ。坂の半分はもう影の中で、そこを二頭立ての荷馬車が一台、ゆっくり上ってくる。幌の下に、穀物の袋が積んである。
幌の端から、袋の角がいくつかのぞいている。一つ、二つと数えかけて、やめる。奥までは見えない。見えないところを数えても、それは数ではない。
近づくにつれて、馬の息の音が聞こえてくる。二頭とも肩で息をしている。口の端に泡がついて、濡れた毛から湯気が上がっていた。
御者台の若い御者の隣から、男が一人飛び降りる。
四十がらみの、日に焼けた男だ。太い首に、擦り切れた革の前掛け。分厚い手に鞭を巻きつけている。前掛けの擦り切れ方からすると、帳場に座っているだけの親方ではなさそうだ。
「よう。上ってきてやったぞ」
「ブルーノの親方じゃないか。今日は親方が自分で来たのか」
門番の声が、昼間より一段明るい。
「ご苦労どころじゃねえよ。この坂で馬を潰したら、補給局の運賃じゃ割に合わねえ。飼い葉代で消えちまう」
門番は送り状に目を通して、門の帳面に何か書きつけ、閂を外す。荷馬車が門の中へ入っていく。
ブルーノは門の脇に残って、リナの売り台をのぞいた。
「お、行商か。塩はあるか」
「1包み、銅貨4枚です」
「高えな」
「坂の上なので」
「……坂の上なのは俺も同じだ。一つくれ」
差し出された銅貨は、懐で温まってぬるい。
「ブリュックからですか」
「ああ。うちの荷馬車が、週に二回この坂を上る。片道三日だ」
「荷は、いつも何袋くらい?」
「二頭立てなら、満杯で二十ってとこだな。運賃は届けた袋の数で決まる。一袋銅貨3枚。坂の分は一銭も出ねえ」
「私たちも、近いうちにブリュックへ仕入れに行くんです。いい豆を扱っているお店、ご存じですか」
ブルーノの手が、塩の包みを懐にしまいかけたところで止まった。
「……河港の通りに、乾物屋なら何軒もある。俺は穀物しか運ばねえ。豆は知らん」
そのまま、門の中へ戻っていく。
麦袋を担いだカイルが、門の脇を通りがかった。荷運びの続きらしい。
「あの親方、馬の扱いがうまいな。最後の坂の手前で、わざと一度止めて息を入れさせてた。あれをやらねえと、馬は坂の上で膝をつく」
「豆の店を訊いたときは、どうでした」
「あれは」
カイルは袋を担ぎ直す。
「分からん。急に話を変えられて、面倒くさかっただけかもな」
そう言って、門の中へ袋を運んでいった。
閂の落ちる音がする。
夜の食堂の隅で、リナは帳面の四つの言葉をにらんでいる。
書き込みがあるのは下の二つだけ。上の二つは、まだ白い。
満杯で二十。いつも十七。
運賃は一袋3枚。二十なら60枚、十七なら51枚。
もっとも、それは入ってくる金の差で、儲けの差ではない。重く積めば馬が疲れる。今日の馬は口に泡を吹いていた。満杯にしないのは、運ぶ側なら当たり前の判断だ。
減らすのは分かる。ただ、十七という数を誰が決めたのかは分からない。
着いたときは、17袋。
ペン先で、「輸送」と「受領」のあいだを何度かつつく。紙に点がたまっていく。
(17袋で着いた、と、17袋で出た、は、同じじゃない)
何袋で出たかを知っているのは、積んだ人だけだ。
ブリュックへ行けば、豆が買える。見積書の100袋の話もできる。運がよければ、補給の荷が積まれるところも見られる。
顔を上げると、奥の席の師匠がこっちを見ていた。
立って、その前に行く。
「明後日の朝、発ちます」
「秋の終わりは、河港の豆が高い」
「……冬の前に、みんな買い込むから」
「高ければ」
「先に値を聞いて、量を減らします。足りない分は、パンで埋めます」
師匠はうなずいて、杯に目を戻した。
リナは帳面を閉じて、表紙を手のひらで押さえる。
「それと、もう一つ。送り出す側で、数えてきます」
師匠は杯から目を上げない。
止めもしない。
しばらくして、杯の湯を一口飲んでから、師匠は言った。
「……数えたら、書け」
リナは、帳面を胸に抱えたまま立っていた。
その言葉を、前にも聞いたことがある気がした。いつだったかは、思い出せないまま。
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