第1章-第9社 エルとの出会い
帰宅後、昨日壊した看板を回収して新しく発注作業を終えた秋葉は、自室で傷の具合を診るために靴下を下ろして包帯を外す。
すると、昨日かなり抉れて出血していた傷が綺麗さっぱり元通りになっていた。
「あれ、もう治ってる……」
「お、良かったじゃん」
「こら、まだお昼だってのに寝ないのエル」
帰って早々、自分のベッドに寝転ぶエルを咎める秋葉。念のため、絆創膏ぐらいは貼っておこうと、引き出しからケースを取り出して傷口に貼り付ける。
「これでよし。ひとまず創作するか~!」
年末年始の繁忙期が終われば、今度は愛宕山での稽古が始まる。せめて今日ぐらいは創作にかまけてもいいだろう。
回転式の椅子に腰掛けた秋葉は、勉強机に乗ったパソコンを起動させて、舞衣の管理するサイトへログインする。
そこは秋葉と結奈、舞衣の三人が利用する身内用サイトで、チャット機能やメモ機能、通話機能などがあり、秋葉の創作資料や小説、結奈の描いたイラストもそこに集約されていた。
(最近、忙しくて書けてなかったからな……。えーっとどこまで書いたんだっけ……)
小説投稿サイトにアップしている小説の続きを書こうと、エピソードの項目をスクロールする秋葉。
今書いているのは、『朱守祓魔譚』という江戸時代がモチーフの世界を舞台にした和風アクションコメディで、男口調の天才女剣士・桜守朱華が仲間と共に妖魔奇怪を祓う物語だ。
執筆を始める前に主人公の詳細を確認しておこうと、秋葉はキャラ設定の項目を開けて「桜守朱華」の欄をクリックしてタブを開く。
すると、紅い着物に紺袴、草履を身に纏い、刀を所持した女剣士のイラストが目に入った。 そのイラストの少女の容姿は保健室で熾蓮から聞いたものと酷似している。
(いや、まさかそんなわけないよね……)
これはあくまで想像上の創作キャラクターだ。創作世界の住人が現実に存在するなど絶対に有り得ない。秋葉はそっと『朱華』のタブを閉じる。
と、ある箇所に目が留まった。そこにはエルの名前が表示されている。
「うわ~、久々に見たな。これ何年前のだ……。確か私が中学に入ってすぐの頃だから……」
この設定を書いたのは約二年半ほど前で、最初の履歴は確かエルと出会った頃。そう、あれはまだ桜が満開の時期だった。
◇◆◇◆
二〇一八年四月上旬。境内に植えられた桜が咲き乱れる中、中学一年生の秋葉は社務所に併設された自宅の扉を開けて中へと入る。
「ただいま~。……っと、もう誰もいないんだった」
いつもの癖でただいまの挨拶をする秋葉。しかし、つい一週間前に執り行われた彼女の祖母・北桜真弓の葬儀で、この神社の神職は秋葉一人となっていた。
両親は秋葉が七歳になったその日に祟魔に殺され他界。先日まで生きていた祖母は入学式を終え、帰って来たときには居間で衰弱死していた。祖母を発見した秋葉はその後、病院へ連絡。葬儀を執り行い今に至る。
今日まで葬儀の手配やら後処理やらで学校に行けておらず、登校するのも憂鬱だったが、教室に入ってみれば案外そうでもなかった。
恐らくそれは同じクラスの熾蓮や結奈、舞衣が気を遣ってくれていたからだろう。ありがたい友を持ったなとしみじみとした思いを抱えながら自室へ向かっていると、扉の奥からいつもと違う異様な気配を感じた。
(何かいる……?)
秋葉は立ち止まって扉をじっと見つめる。
もしや強盗の類だろうか。でも、そんな金目のもの自分の部屋にはないぞ? と疑心暗鬼になりつつ、一階の用具入れから箒を持ってきて一気に中へと入る。
が、自室を見回しても人影は一切見当たらない。どこかに隠れたのかとタンスの中や机の下を探してみるが、いないようだ。
(気のせい? ここ最近、あんまり眠れてないから幻覚でも見たのかな……)
首を傾げつつ、再度辺りを見回す秋葉。どうやら気のせいだったようで、ほっと息を吐く。
『やぁ、おかえり。久々の中学校はどうだったかな?』
「うわあああ⁉ 誰ッ⁉」
突如、頭の中に声が響き、秋葉は手に持っていた箒を構える。しかし、部屋の中をぐるっと見回すが、声の主の姿は確認できない。
『自分の神社の神様に向かって誰とは失礼な。それでも君、神職かい?』
「え、神様……? って、なんで私が神職だって知ってるの⁉」
『そりゃあ、この神社の神様だしね』
(この神社の神様だあ? そんなの信じられるわけがない)
北桜神社の神様は天御中主神。この世界を創造したとされる神様で、日本を創った伊邪那美命や伊邪那岐命よりも前、古事記の一番初めに登場する神様だ。
初めに現れて以降の登場はほとんどなく、詳しいことは不明である。そして今、秋葉の頭の中で喋っているやつも声以外は何も分からない。
変なところで共通しているそいつを怪しみながら秋葉は、口を開いてこう言った。
「いや到底、天御中主神には見えないんだけど。というか、姿自体まっったくこれっぽっちも視えないんだけど⁉」
『自分で言うのもなんだけど謎多き神だし、視えないのも当然かな。そうだね~、軽く容姿を作ってもらえれば、実体化できるようになるよ』
「んー、ならやってみるかあ……。じゃないと話進まないし」
秋葉は渋々パソコンを開いて身内用サイトにログインし、キャラ設定の項目からフォーマットを取り出して作り始める。
天御中主神は独神と言って性別が分からない。つまり良いように解釈すれば、どちらにもなれる存在だ。
声が中性的且つ姿も視えないので、ひとまず無性別に設定しておく。容姿はどうせならふわふわのマスコットにしておくのも良いだろう。
夏は暑いが、春・秋・冬にモフれるのはかなりの利点だ。モチーフは当神社の神使である白狼を採用。
ついでに八咫烏の翼もつけて飛べるようにしておこう。イメージカラーは白と紫といった辺りか。どちらも高貴な色として日本では扱われていることが多い。
それらの考えを組み合わせて、黙々とキーボードで入力していくこと数分。
「よし、できた。……あ、名前どうしよう」
『流石にそのままの名前となると色々と都合が悪いから、君が考えてよ』
「んー、いいよ。その代わり文句言わないでよね?」
『勿論さ』
確かに天御中主神とそのまま呼ぶのは長いし、呼んでるこっちが変なやつだと思われてしまう可能性の方が高い。
呼びやすくて語呂が良くて、且つ天御中主神に関連していて、今の日本でも通用しやすい名前となると何があるだろうかと考えること数分。
秋葉の頭の中に天啓が降ってきたので、試しにそれを入力してみる。
「はい、これでどう?」
どこにいるのかは分からないが、見やすいようにパソコン画面から椅子ごと離れる。
『ふむ、エル……か。意味を訊いても?』
「えっと、どこかの言葉で神々の中の神って意味だったはず。あんたが本当に天御中主神だったら、一応は創造神のはずでしょ?」
『……へぇ、良いじゃないか! 気に入った!』
満足そうな声が頭に響いてくる辺り、これで正解だったようだ。
「気に入ったんなら早く姿を現してもらえないでしょうかね、エル様」
『はいはい。そう急かさないの』
エルの声が聞こえなくなった数秒後、自室の中央に白い光が現れた。突然出現した光に目がくらんで瞼を閉じていると、一瞬、ぐんっと力が抜けるような感覚を覚える。
その直後、光が治まったと同時にさっきまで頭の中に響いていた声が鮮明に耳へと届き、目を開く。
「っと、これでどうだい?」
秋葉の目の前には、白狼の図体に烏の翼の生えたマスコットが宙に浮いていた。
大きな愛くるしい瞳は紫で、尻尾にも同系色の毛が混じっている。もふもふ度合いも完璧と言って良い。これで年中モフり放題だ。
「めっちゃ良いじゃん! 可愛い~!」
「お褒めに預かり光栄だね」
「いや、作ったの私。あんたは実体化しただけでしょ」
「ごめんごめん」
途端に我に返った秋葉から辛辣な言葉を浴びせられ、エルは眉を下げて軽く謝る。と、背中に生えた烏の翼を羽ばたかせて、彼女の正面へ移動した。
「それでは改めて。ボクはエル。君の両親と祖母から君のことを頼まれてね。君のことを守り、助けに来た」
「北桜秋葉。北桜神社の宮司やってる――って、それどういうこと⁉」
エルがやってきた理由に秋葉はこれでもかと目を丸くする。
「そのままの意味さ。独りで大変な思いをしている我が子を助けてやってって、頼まれたんだよ」
「んー、にわかには信じられない……。けど、内に秘めてる気配は本物っぽい……」
エルの姿を見ながら秋葉は首を捻る。微量ではあるが、人でもなく祟魔などの邪の気配でもない神々しい気配を感じるのは確かだ。だが、秋葉自身がマスコット設定にしてしまったのも相まって
「自分は神だ、君のことを両親と祖母から頼まれた」と言われても尚更信じられるものではない。
「何なら契約でもするかい?」
「契約?」
秋葉が疑心暗鬼になっているのに気づいたエルからの提案に秋葉は首を傾げる。
「契約上では流石の神も嘘はつけない。それなら本物だと示せるだろう? それに何かあったとしても、契約者・エルとして動けるしね」
よく契約は人は勿論、神であっても破ることは厳禁。もし破ればそれ相応の罰が下されると言われているが、どうやらそれは迷信などではなく本当のようだ。
わざわざ向こうから持ち出してきたというのなら、それなりに自信があるのだろう。ならば、こっちもその手に乗るしかない。現状、エルが天御中主神だと証明する方法はそれしかないのだから。
「んー、じゃあそれでお願いします」
「よし、ならさっさと済ませちゃおう。神社の拝殿を借りても良いかい?」
「良いよ。なら私も着替えないとね」
セーラー服から正装に着替えた秋葉は境内にある拝殿へと入る。
神職の正装は巫女の正装とは違い、神社でよく見る白衣と浅葱袴の上から単、表着、紺の唐衣を纏い、髪上具一式を頭につけて浅沓を履く。
終いに檜扇を持てば完成だ。秋葉は榊や御神酒などの神饌が供えられた神前へと歩き出した。
エルは仮にも神様なので、神前に近い方へ。その向かいに秋葉が立ったところで儀式スタート。神様自体は一応、目の前にはいるが形式上、神を降ろすことに。
祓詞を唱えた後、神を下ろす際に唱える祝詞を奏上して本殿を清浄にしたところで、エルが言葉を唱える。
「我が名はエル。真名を天御中主神。当神社の祭神並びに契約者として、汝を守り助けることをここに誓おう」
「名を北桜秋葉。貴神に仕える神職並びに貴殿の主として、その誓い、しかと承る」
直後、エルと秋葉の間に白い光が発生したかと思えば、そこから一本の巻物が出現した。
エルによればこれは契約書のようなものらしい。これがないといくら契りを交わそうが契約したことの証明にならないので、契約の際には必ず現れるようだ。
「それじゃあこれからよろしくね、秋葉」
「こちらこそ。契約を結んだからにはびしばし手伝ってもらうからね」
「勿論だよ」
エルと秋葉は互いに笑みを浮かべながら握手を交わすのだった。
◇◆◇◆
「おーい、ぼーっとしてどうしたの?」
「ん? あぁ、ちょっとエルと出会ったときのことを思い出してね」
パソコンの画面から顔を上げてエルの方を見れば、エルは気難しそうな顔をしていた。
「まー、あの時の秋葉は冷たいというか辛辣というか……」
「仕方ないでしょ。おばあちゃん亡くなってすぐで余裕なんてなかったんだから」
葬儀が終わってからも、相続や神社の引き継ぎ業務などやることが山ほどあったのだ。多少なりとも態度が冷たくなるのも仕方がないことだろう。
「でもエルが来てからは、少し賑やかになったのを考えればあの出会いもまぁ悪くはなかったかも」
「ふふーん、でしょ?」
秋葉がそう口にすれば、エルは誇らしげに笑みを浮かべた。褒めるとすぐ調子に乗るから本当に神様かと疑う時もある。
秋葉は苦笑を浮かべながら、『朱守祓魔譚』の執筆を進めるのだった。




