第4章-第6社 渡月橋の噂
無事に樹と落ち合い、通りを真っ直ぐ歩いていた秋葉たち四人は、『市松』と描かれた暖簾を潜って中に入る。中には木目調の床に座敷とテーブル席のある和風な空間が広がっていた。
席まで案内され、四人がテーブル席の椅子に腰を下ろしたタイミングで、女将がやってくる。
「あら、久しぶりやね。秋葉ちゃん。それに熾蓮くんも」
「女将さん、お久しぶりです」
「どうも。いつもお世話になってます」
秋葉と熾蓮は軽く頭を下げて挨拶する。二人とも菓匠・市松の女将さんと大将とは幼いころから交流があり、個人的に買いに行くこともあれば、よく神社に訪れるお客さんへ出す用の和菓子を提供してもらうこともあった。
「ほんで、そこのお二人さんは?」
薫と樹を見た女将さんがにこやかな笑みを浮かべながら問うてくる。
「学校の友達です。ちょっと校外学習で来てまして。あ、寒天ゼリー四つお願いします」
「はいよ。そういうことやったら、ゆっくりしてってんか」
流石に任務のことは言えないので、秋葉は誤魔化しながら答えるついでに注文する。女将さんはメモを取り終えると、奥の方へと歩いていく。
すると、先ほど渡月橋を渡っている最中に見かけた修学旅行生の女の子二人が店に入って来た。二人は女将さんに連れられて、秋葉たちの隣の席へと座った。その様子を微笑ましく思いながら横目で見ている間にも、樹が現状を整理しようとメモ帳をテーブルの上に出した。
そうしてしばらくの間、みんな揃ってメモを見つめて考え込む。
「んー、なんか分かったか? ちなみに俺はさっぱりや」
お手上げだというように熾蓮が肩をすくめる。と、ペンを回しながら思案していた樹が徐に口を開く。
「まだ断定はできないが、法輪寺で聞いた毎年来る娘と千光寺の拙級祟魔は同じやつかもしれないな」
「言われて見れば確かに。娘さんも十三参りに毎年来てるらしいし、あの拙級祟魔の年齢も十三歳らしいし」
薫も納得したような表情で、樹の意見に同意する。樹の言うように法輪寺と千光寺の住職が話していた拙級祟魔は同一の可能性が高い。十三という共通項があるのはもちろんだが、話を聞く限りどちらも女子の祟魔の可能性があるからだ。
法輪寺の住職・山木の話に合った娘は特徴こそ聞けてはいないものの、毎年十三参りの時期に訪れては、羨ましそうに見ているという点から娘の歳は変わっていないように思える。そこまで考えたところで樹のメモに視線を落とすと一つ矛盾する点があることに気づく。
「けど、依頼にあった祟魔は烈級だよ? どうやったら拙級から三つも階級が上がるんだろ……」
「問題はそこなんだよな……。それに秋葉が感じた強い気配と黒い羽根についても現状、まだ分からないからな……」
秋葉の指摘に樹も気づいていたのか、唸りながらメモを凝視する。一つ共通する点は見つけられたが、残っている謎は多い。この後の聞き込みでどこまで情報を集められるかが重要になってくるだろう。
そう感じていると、女将さんが人数分の寒天ゼリーを運んできた。樹がメモを退けると同時に、女将さんは寒天ゼリーをテーブルの上に置いていく。
「ひとまず食べよっか」
「そうだね」
薫が上機嫌に発し、秋葉は頷く。お盆に置かれたスプーンを手にして、透明な器に乗った寒天ゼリーへ目を向ける。
正方形の寒天は上がピンクの桃味、下が青のソーダ味と二層に分かれており、メニューに記載されていた文章によれば、それぞれここに来る途中で目にした大堰川と桜をイメージしているのだそう。
「ん~! ひんやりしてて美味しい~」
「二層に分かれてるってのは面白いな」
それぞれゼリーを口にした薫と樹が声を漏らす。二人の言葉に共感しながら秋葉はソーダと桃味のゼリーを掬って一緒に食べる。口の中でソーダの炭酸と桃の甘みが広がり、秋葉は満足そうに頬を綻ばせる。
「この寒天ゼリー、季節ごとに上のゼリーの味と色が変わるんやで」
「あ、そうなんだ」
熾蓮が言うと、興味津々といったふうに薫は目を輝かせる。下の大堰川をイメージしたソーダは変わらずに、春は桜をイメージした桃味、夏は青々とした木々をイメージしたメロン、秋は紅葉の赤のいちご味と黄色のレモン味の二種類、冬は雪を模した白の牛乳味に変化するのだ。
ここ数年定期的に食べてはいるが、全ての季節をコンプリートできたわけではないので、今年こそは全種類制覇したいところだ。
食べ進めること数分。全員完食し終わり、これからどうするか四人で話し合う。ここで重要なことを言い忘れていたことに気づいた秋葉が話し出す。
「そういえばさっき渡月橋歩いてた時に、目の前を歩いていた十三参り終わりの親子が、突風が吹いたと同時に姿を消したんだよね」
「何やて?」
「それ本当?」
熾蓮と薫の尋ねに秋葉は硬く頷いて続けて言った。
「うん。後、樹が人ごみに揉まれてる最中、薄い膜みたいなものが張られてたのを一瞬、視たんだけどそれって……」
「あぁ、恐らくは結界の類だろうな」
樹の言葉に、秋葉はやはり思った通り結界の可能性が高いかと納得する。と、薫が机に手をついて立ち上がった。
「よし、それじゃあ確かめに行こっか」
「せやな。もしかしたら親子二人が消えたいう話と関係あるかもしれへんし」
薫に続いて熾蓮も席を立ち、秋葉たちは会計のためにレジへと向かう。並んで順番を待っていると、不意に前で会計していた女将さんの声が耳に入った。
「最近物騒ですから気ぃつけてくださいね」
会計終わりに女将さんがお客さんに向かってそう口にした。前の人が会釈して出口に向かって歩き出し、秋葉たちの番がやってくる。
「あの、女将さん。今の話って……」
秋葉は伝票を渡しながら、恐る恐る訊いてみる。伝票を受け取った女将さんはレジに金額を打ち込みながら声を潜めて話し始める。
「実はここ最近、真夜中の深夜零時に渡月橋付近で人が消えるいう話があってな。なんや風に攫われたとか、夜に人攫いが現れるとかって噂になっとるんよ。そのほとんどが、親子連れとか小さい子供やから、学校とかでも注意喚起が出されとるらしいで」
「攫われた……ですか……」
秋葉は後ろにいた熾蓮、薫、樹の三人と目を合わせると同時に、先ほど渡月橋を渡っていた際に、風が吹いた直後、目の前を歩いていた親子が消えたことを思い出す。
そうなると、やはりあれは見間違いなどではなかったのかもしれない。
「秋葉ちゃんらも気ぃつけてな」
「あ、はい。分かりました」
思考に耽っていたせいか、反応が少し遅れる。更に謎が増える中、会計を終えた秋葉たちは市松を後にして渡月橋へと向かった。
◇◆◇◆
渡月橋に戻ってきた秋葉たちは、結界の在り処を探るべく橋周辺を捜索していた。
霊眼を起動させながら辺りを見て回ること十数分。近くにいた薫が何かに当たったのか「いてっ」と呻きを漏らして立ち止まり、上を見上げた。
「あ、これじゃない?」
「どれどれ……」
薫の指摘に秋葉が彼女の向いた先を辿って視てみると、薄っすらとではあるが、透明な大きな膜――結界があった。それは渡月橋全体を覆うようにして構築されている。
「やっと見つけた。みんな、解析するから少し離れていてくれ」
樹の指示を受けた秋葉たちは後ろに下がる。樹は結界へ手を翳して眼を瞑った。彼の手から祓力が生じ、結界へと流れていく。その様子を見守ること数十秒。解析を行っていた樹が目を開けた。
「どうや?」
「んー、認識阻害と集約効果が付与されてるな。何を集めるのかまでは生憎と俺じゃ分からん。織部先生なら或いは……」
熾蓮が訊けば、視線を落とした樹は顎に手を当てながら言った。彼の話を耳にした秋葉は結界を一瞥してから発する。
「なら、結界解除するかどうかも含めて織部先生に訊いてみるよ」
「すまん助かる」
そう話した樹が立ち上がるのを横目に、秋葉は織部に向けて念話を飛ばす。
『ってわけなんですけど、どうしましょう?』
事情を説明した秋葉が問いかけると、織部が念話越しに唸った。
『そうやな……。下手に解除して気づかれでもしたら敵わん。ひとまずはそのままにしといた方がええやろ』
『分かりました』
『ちょいと戻るんが遅なるかもしれん。その間の指揮は任せたで秋葉』
『了解です』
念話を切った秋葉は三人へ向き直って織部から聞いた内容を伝え、続けてこう話す。
「じゃあ、織部先生が戻ってくるまで二手に分かれて情報収集がてら観光と行きますか」
秋葉と薫、熾蓮と樹の二手に分かれるのだった。




