第4章-第7社 渡月橋での監視
聞き込み兼観光を終え、時刻は十九時。すっかり日が沈んで暗くなっている中、渡月橋周辺は夜になっても賑わいを見せていた。
人に紛れて拙級祟魔がちらほらいるが、今のところ結界が作動した気配はない。あれから二手に分かれて変わったことはないか聞き込みをした結果、行方不明者は日に日に増えており、十三参りに訪れた親子が中心に攫われているとのことだった。
次なる行方不明者を出さないためにも、現在、秋葉たちは渡月橋周辺の監視に当たっていた。桜の時期がまだ続いている影響か、渡月橋周辺ではライトアップが行われており、今なお大勢の人が行き交っている。
特に異常も見られないので暇を持て余していると、秋葉の視界に見慣れた人影が映った。
「すまん遅なった」
「あ、織部先生。お疲れ様です」
秋葉は人混みの中を歩いてきた織部へ会釈する。熾蓮も軽く頭を下げると、織部はぐるっと周りを見回してから秋葉たちへ視線を戻す。
「そっちはどないなっとる?」
「昼間に比べて拙級祟魔が少し増えている以外は特にこれと言って変化はありません」
「橋の向こう側で薫と樹も監視に当たってますけど、異常はない言うことです」
念話で嵐山側にて監視していた薫と樹と連絡を取っていたのだろうか、こめかみに二本の指を当てた熾蓮が告げた。今のところ、樹が千鳥ヶ淵に貼った札にも反応はない。
「で、これが例の結界か……」
橋の入口に張られた結界へ顔を向けた織部は霊眼で一通り視ると、懐から蓋の着いた細長い容器を取り出す。蓋を開けて容器を結界へ近づければ、結界から黒い霧が容器へと吸収されていく。
「先生、何してるんです?」
「結界を生み出したやつの祟気を採取しとるんよ。後で『鍵』に調べてもらおう思てな」
熾蓮の問いかけに答えた織部は、祟気が無事に収まったのを確認し、容器に蓋をして懐の中へと仕舞い込んだ。
『鍵』というのは、祟魔専門の科学技術研究所の略称で、そこでは日々さまざまな対祟魔に関連する製品の開発や任務で得た情報や物品の調査・解析が行われている。
今、織部が手にした採取器の作成や鑑定は勿論、稽古の際に使用した祓式調整ルームや模擬演習ルームの操作盤などにも鍵の技術が使われているのだ。
『薫、樹。今から結界解除するさかい、こっちまで来てんか』
『了解です』
織部が念話越しに言うと、橋の反対側で監視に当たっていた薫と樹が返す。そうして薫と樹がやってくると、織部と樹の二人はさっそく解除に当たるべく結界へ手を翳した。
二人の祓力が透明な膜を伝い、結界全体に広がる。直後、渡月橋を覆っていた結界にヒビが入り、欠片となって崩壊した。
「これで大丈夫やろう」
「そうですね」
手を降ろした織部と樹のやり取りに秋葉、熾蓮、薫の三人はホッと息を吐く。これでひとまずは安心だ。だが結界が解除された今、ここを監視している意味もあまりないのではないだろうか。
先ほどから監視よりも自分の神社の方がどうなっているか心配で、今すぐにでも帰って様子を見に行きたいという思いが秋葉の中で渦巻いていた。うじうじしていても仕方ないので、駄目元で言ってみることに。
「先生ぇー」
「どうした?」
秋葉に声をかけられ、織部はきょとんとした顔を向けた。
「今のうちに神社の様子見に行ったりとか駄目ですかね……」
「アホか。あかんにきまっとるやろ」
「ですよね……」
案の定お叱りを受けた秋葉は肩を落とす。エルが何かやらかしてないか心配だから見に行きたいがそう簡単にはいかないようだ。なんとかして織部を説得できないだろうか。秋葉は周囲を観察しながら頭を回す。
「せやけど、この調子やと任務終わるん深夜になりますよ? 泊まる場所もまだ決まってへんのは流石にどうなんです?」
横で監視していた熾蓮が口を挟む。秋葉はそういえばそうだったと泊まる場所を教えられていないことに気づく。
「そういや、宿取るんすっかり忘れとったな」
「ちょっと先生⁉」
やらかしたと言わんばかりに視線を横に逸らしながら話す織部に秋葉と薫、樹がツッコむ。
(泊まる場所がないとなれば、今夜は野宿か……)
そんなことが脳裏をかすめる。流石に任務終わりに寝られないというのはきつい。かといって、今は観光シーズン。早々ホテルや旅館の部屋が空いているとは思えない。野宿だけは絶対に嫌だと秋葉はどうするべきか頭を凝らす。
「あ、そうだ」
考え込んでいた秋葉が手を打った。それに四人は首を傾げる。
「うちの神社なら結構広いですし、十分泊まれると思いますよ。ここから歩いて十分もかからないし、何かあってもすぐ飛んでいけますんで」
これなら織部先生も納得してくれるはずだ。神社の様子も見に行けるし一石二鳥! と、秋葉は悪い笑みを浮かべながら織部の返答を待つ。
すると、顎に手を当てて思案していた織部が観念したように溜息を吐く。
「しゃーない。ほな悪いけど、神社の方にお邪魔させてもらうわ」
「よっしゃ!」
自分の提案が通り、秋葉はガッツポーズを決める。
「その代わり、ここら一帯に結界貼ってくれへんか?」
織部は喜ぶ秋葉に向けてそう促す。
「でも、結界なら樹の方が良くないですか?」
どうして自分なのだろうかと、眉を寄せながら秋葉は問う。結界に関しては秋葉よりも樹の方が技術的に上だ。
神社に行くことと交換条件と言われればそれまでだが、それでも任務にかかわってくることなのだから、ここは技量のある樹の方が良いのではないだろうか。
「樹には烈級祟魔との戦闘に備えて祓力温存しといてもらわんとな。それにこの中やと祓力量が一番多いんは秋葉や。支配領域的にも秋葉んとこの方が断然上やろ?」
織部は目を細めて笑みを浮かべた。有無を言わせぬその表情に秋葉は気圧される。祓力量だけでいえば秋葉はクラスの中でもトップクラス。
そして神にもそれなりにランクがあり、天界でも最上位に位置する創造神・天御中主神を祀る北桜神社の神職は、全国どこでも思う存分力を発揮できる。
「分かりましたやります、やらせていただきます」
「ほな、頼んだで」
秋葉はすうっと胸に溜まった息を吐き、集中する。範囲は渡月橋周辺。この場合、結界の使用者が遠くにいても祟魔並びに祟魔の放つ邪気である祟気を感知し、尚且つ中にいる祟魔を留める結界が良いだろう。
範囲と効力を決定したところで、脳内でイメージしながら両手を前に出して順番に印を組んでいき、最後に手を叩く。
次の瞬間、渡月橋を中心に半径二百メートルの大きな半透明な結界が出現した。結界を生成し終わり、息を吐いた秋葉は熾蓮と樹へ顔を向ける。
「こんなもんかな?」
「ええんとちゃうか」
「良いと思うよ。範囲広いのによくこれだけ精度の良い結界張れるね」
「ムラも少ないし、質も良い」
霊眼を起動させた熾蓮と薫、樹がそれぞれ結界を視ながら言う。
「まぁ、及第点っちゅうところやな」
「そこは素直に褒めてくださいよ」
織部のつれない感想に秋葉は頬を膨らませて不満そうに口にする。結界の構築も無事完了し、秋葉たちは渡月橋を渡って北桜神社への道を歩く。法輪寺の前を通り過ぎて少し歩いたところに境内へと続く参道があった。
しばらく行くと階段が見え、その傍には三カ月前に直した『この先、北桜神社境内』と書かれた看板が立てられている。秋葉を先頭に両脇へ設置された灯籠の灯りを頼りに階段を上っていくと、朱い鳥居が現れた。一行はそこを潜って中に入る。
「おぉ、空気が澄んでるね」
久々の神社に懐かしさを感じて息を吐いていると、境内を見渡しながら薫が言った。境内が山の中というのも相まって新鮮な空気が漂っている。観光地にあるとは思えないほど静かなそこは落ち着いた空間になっていた。
「良い結界が貼られてるな。温かいし、安心できる」
境内全体に貼られた結界を目にした樹がふと声を漏らした。
「本職の人に褒められるとは光栄だね~」
樹によると、結界は術者本人の性格や技巧、祓力の質が諸に出るらしい。同業者から境内や結界を褒められる機会はそうないので、人知れず頬が緩む。
一通り見て回った秋葉たちは拝殿で参拝してから社務所に併設されている一軒家へと向かう。
「ただいまー」
秋葉はそう言うと同時に玄関の扉を開けた。すると、廊下の奥から紫のメッシュが入った腰までの白髪をハーフアップにした、背丈の長い美麗な青年が出てきた。
「やぁ、おかえり」
白い着物に紫袴を履いた彼は秋葉を見つけると、紫の瞳を細めてそう言った。




