第4章-第4社 大悲閣の由縁
細道を歩いていると、千光寺の看板が見えた。寺の境内へと続く二百段の階段を上った秋葉たちは、境内を掃除していた年老いた住職を見つける。
「あの、すいません」
「おや、どうかなされましたかな?」
ビル十階分の階段を一気に登り、疲弊した秋葉は息を整えながらも住職へと声をかける。箒を掃く手を止めた住職は、仏のように優しい笑みを浮かべた。
「私たち大神学園からきた代報者でして。とある任務でこの近辺を調査してるんですが、ここ最近変わったこととかありませんでしたか?」
「それでしたら、中の方でお伺いしましょう」
「ありがとうございます」
込み入った話になるだろうと踏んだのか住職に客殿の方まで案内される。自己紹介がてら中に入ると、緑の山々が織りなす絶景広がっていた。景色の奥には遅咲きなのか桜がちらほらと見える。
少し下の方に目を向けてみると大堰川が流れていた。この分だと秋には赤や黄色といった色とりどりの紅葉が望めるだろう。
「あの、お話を伺う前に一ついいですか?」
「はい何でしょう?」
客殿に敷かれた座布団へ座った樹が問いかける。
「千光寺周辺……いえ大堰川周辺はやけに拙級祟魔が多いように思えるんですが、何かご存知でしょうか?」
「おや、よくお気づきで」
樹の問いに住職の永井は目を細めながら感心した様子を見せる。この反応は何か知っているなと住職の呟きにみんなして固唾を飲む中、永井は外の景色に顔を向けた。
「この寺が大悲閣と呼ばれている理由はご存じですかな?」
永井の問いに一同顔を横に振る。大悲閣。秋葉自身、千光寺がそう呼ばれているのは知っていたが、生憎と由来までは頭にない。それが何か関係しているのだろうかと眉を寄せていると、永井は語り出した。
「元来このお寺はあそこに見える大堰川の工事の最中に亡くなられた方々を祀っておりましてな。如何せん数が多く、今も成仏しきれずに残っている霊が拙級祟魔として留まっているのですよ」
そう言うと、永井は困ったように笑みを浮かべた。江戸時代の豪商・角倉了以が、大堰川を開削する工事で亡くなった人々を弔うために創設したのが千光寺の始まりとされている。
大勢が亡くなったとなれば、拙級祟魔が大堰川周辺に多くいるのも頷けるだろう。
「それで変わったことでしたか」
「はい。例えば、髪の長い祟魔とか……」
薫が依頼にあった祟魔の特徴を交えて伝える。永井は考える素振りを見せたかと思うと、何かを思い出したように口を開いた。
「それで言うと一つ心当たりがあります」
「と言いますと?」
続けて薫が訊き返せば、永井は記憶を頼りに話し出す。
「十三歳ぐらいでしょうか。ツギハギの着物を着た髪の長い少女の祟魔がよくこの付近を歩いているのを見ます。拙級祟魔なので人に害を加えるということは無く、やってもいたずらぐらいですがね。優しい子ですので、他の拙級祟魔からもさぞかし慕われている様子でした」
彼の話に秋葉たちは目を合わせる。髪が長いという特徴こそ似ているが、等級は拙。依頼にあったのはその三つ上の等級の烈だ。いたずら程度では烈級はおろか準烈級にも及ばない。
話によると、工事の時期は江戸時代だ。当時は髷を結っている者もいたから髪の長い祟魔と一言で言ってもかなりいるだろう。
「何があったのかは存じませんが、今晩は様子を見ておきましょう」
「ありがとうございます。何かあったら念話で教えていただけたら思います」
「えぇ、分かりました」
熾蓮がそうお願いすると、永井は優しく微笑んだ。永井に外まで案内してもらい、一礼した秋葉たちは千光寺の階段を降りていく。
「ヒントになりそうな情報があって良かった」
「だね。けど、祟魔でも良いやつがいることには驚いたな~」
樹の話に頷きながら、薫は近くを流れる大堰川へと目を向ける。噂や伝承、負の感情から生まれるとされている祟魔は、どうしても人に害を加えたり、悪いことを企んでいるものというイメージが強い。
事実、祟魔の一種である妖怪や霊といったものが世間的に悪さをする存在と認知されているということも祟魔=悪いというイメージを補っているだろう。
しかし、永井の話に出て来た祟魔のように人間のように穏やかに過ごしているものもいると聞く。
話に聞いた祟魔が本当に優しいのかは分からないが、害をなすものとなさないものを区別するためにわざわざ拙級祟魔という等級が置かれているのだからそういうものが存在しているのはあながち本当なのかもしれない。
「けど、その善性を武器に信用しきったところを襲いに来るかもしれんから気ぃつけや」
「もー、分かってますよ」
後ろにいた織部から忠告され、薫は不貞腐れた表情をする。最後にぼそっと「その時は斬るだけです」と聞こえ、すぐ前にいた秋葉は薫のおっかなさに肩を震わせる。階段を降り切ったところで、前を歩いていた熾蓮が振り返った。
「ここら辺で集められそうな情報もないし、情報整理しがてら観光でもしようや」
「観光ってな……」
熾蓮の提案に、樹は呆れたように眉を顰める。
「なんや融通の利かんやっちゃな……」
「俺たちは遊びに来てるんじゃないんだぞ」
熾蓮が不満げに言うも、樹は断固として譲ろうとしない。樹の言うことは最もだが、熾蓮の言うことも一理ある。
試験稽古で長らく息抜きできていなかったのだ。少しぐらい遊んだっていいだろう。そう思った秋葉は言い合いをしている二人に向かって口を開く。
「まぁまぁ、人の多い場所で訊いてみたら何か分かるかもだよ?」
「それに嵐山には抹茶スイーツもいっぱいあるらしいしね」
「何っ⁉ ……そ、そういうことならまぁ……」
秋葉と薫の追撃を受け、樹は渋々了承する。そういえば、稽古中に白澪が持ってきたお菓子でも率先して抹茶味を選んでいたことを思い出す。樹が抹茶に目が無くて助かった。
ナイスアシストと薫を見れば、彼女は親指を立ててウインクをした。
「ほれほれ~、そうと決まったらはよ行くで~」
「分かったから押すなっ!」
熾蓮から背中を押された樹が観念したかのように声を上げる。秋葉は彼らの様子を苦笑しながら、歩みを進める。こうして一同は渡月橋へと向かうのだった。




