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第4章-第3社 千鳥ヶ淵での調査

 大堰川(おおいがわ)沿いの細い歩道を歩くこと二十分。観光地から少し離れ、木々が生い茂る山の奥の方までやってきた秋葉たちは、『千鳥ヶ淵(ちどりがふち)』と書かれた古びた看板を見つける。


「ここが千鳥ヶ淵(ちどりがふち)か」

「また如何にも出そうなところやな」


 秋葉と熾蓮が辺りを見回しながら言った。秋葉たち以外周囲に人の気配はなく、鬱蒼とした雰囲気が漂っていた。気のせいか空気が他の場所に比べて重く、どんよりとしている。


 また、昼間はまだ日の光が照って明るいが、周りに電灯一つないため夜は真っ暗になるだろう。幸い夜目(よめ)は効くので戦闘が起こってもそこまでの支障はない。


「かなり水が濁ってるな。調査ついでに浄化するか」


 川の状態を見た樹は歩道から降りて平らな岩で固められた川岸に向かう。織部は引率として少し離れたところでみんながどうするか見ているそうで、彼を除く他の三人は岸の方に降りる。


 岸に着き、恐る恐る秋葉も観察してみるが、とてもじゃないが綺麗な川とは言えず、水が変色して緑に変わっていた。


「樹、浄化ってどうやるの?」

「水面に結界を貼るんだよ。結界自体、バリアみたいに生成もできるから足場としての役割もできる。これなら川の方も調査しやすいだろ?」


 樹は薫の問いに答えつつ、印を組んで周辺五十メートル付近の水面に結界を構築する。みるみるうちに透明な膜(まく)が生成されていき、あっという間に川の表面を覆った。


 試しに熾蓮が水面に立ってみるが、割れる気配もなくそれなりの重量には耐えることができるようだ。


「なるほどなぁ。結界ってそんな使い方もあるんか」

「案外、単純そうに見えて奥が深いんだよなこれが」

 

 熾蓮が岸に向かって歩きながら言うと、樹はしみじみとした表情で語った。結界は外から来る攻撃や祟気から身を守るためだけではなく、今のように足場になったり、樹が結界を凝縮した銃弾を用いるように、攻撃手段としても扱えるのだ。


「四人全員で川の方を調べるのは数が多いし、手分けする?」


 熾蓮が戻ってきたのを確認した薫はみんなに尋ねる。


「そうだな。周囲には山林もあるし、そっちも見といた方が良いだろ」

「ほな、川の方二人と歩道側の山林と対岸の山林それぞれ一人ずつに分かれよか」


 樹と熾蓮が話を進める。千鳥ヶ淵は秋葉たちが歩いてきた歩道側と山の頂上に展望台がある二つの山林に囲まれている。周辺をぐるっと見て回るだけなので、一人でも事足りるだろう。


 みんながテキパキと別れ方を決めている中、秋葉はというと、話を耳にしながらも川の方に意識が寄っていた。その顔は薄っすら青ざめている。


「おーい、さっきから黙ってるけどどうした?」


 秋葉の様子がおかしいことに気付いたのか、薫は心配そうに訊いてくる。すると、秋葉は視線を横に逸らしながら、バツの悪そうに口を開く。


「あー、その……実は私、泳げなくて……。それがあってか、どうも水辺が苦手なんだよね……」


 苦笑交じりに答える秋葉。熾蓮は前々から知っているので、納得した表情を浮かべる一方、薫と樹は意外そうに目を見開いた。


 秋葉は、我ながらこの任務をやるにあたっては致命的すぎる欠陥を抱えているなと罪悪感に苛まれる。


「結界の足場がある分、落ちることはないだろうが、何かの拍子で割れた時に大変だからな。川の方は俺と薫で行くとするか」

「了解。水辺はわたしらに任せてよ」

「やったら、俺は対岸の山林に回るわ。秋葉、それでええか?」

「うん。みんなありがとう」

 

 心底役立たずで申し訳ないなと感じるも、ひとまず調査をする上での分担は決まった。


「それじゃあ調査開始と行くか」

「おー!」


 樹が言うと、三人は揃って声を上げる。そうして三人と別れた秋葉は、それぞれここから巻き返すぞと意気込みながら、歩道へ上がって山林の中に入る。山林に入るまでにかなりの傾斜があるが、山道は慣れているのでそこまで支障はない。


 軽々と中へ入り、辺りを見渡しながら進んでいく。と、木の影から顔を出した半透明の木霊(こだま)がじーっとこっちを見てきた。


(めっちゃ見られてる~……)


 秋葉が物珍しいのか何なのか、見られていることに若干困惑していると、木霊が少しずつ増えてきた。見た感じ手を出してくる様子はないので、人に害をなさない拙級(せっきゅう)祟魔(すいま)だろう。


 視線を感じつつも、山の中を練り歩くこと三十分。


「特に変わったところはないか……」


 ときどき拙級祟魔が見てくるだけで、これといった違和感や異変は見受けられなかった。本当にこんなところに試験で遭遇した青犬と赤犬と同じ強さの烈級(れっきゅう)祟魔(すいま)がいるのだろうか。


 そう思った次の瞬間、ゾワッとした気配を感じるとともに頭を鈍器で強く殴られたような感覚を覚え、くらっと立ち眩みがするが何とかその場で踏ん張る。


「な、何今の……」


 今まで感じたことのない気配に、秋葉の瞳がゆらぎ、顔がこれでもかというほどに強張る。それは試験で遭遇した赤犬と青犬以上のものだった。


 今回の依頼で祓う祟魔は烈級だが、本当に等級は合っているのだろうか。そう疑問を抱いていると、川の方から念話が飛ばされてきた。


『三十分経ったし、そろそろ集合しよっか』

『あ、了解』


 薫から発された言葉に秋葉は返答する。取り敢えず、今のことはみんなに報告しておくべきだろう。山林を抜けるべく踵を返そうとした時、ふと地面に黒い羽根のようなものが一枚落ちているのが視界に映る。


「ん? これ……」


 秋葉はその場にしゃがんで羽根を拾う。一見何の変哲もないただの羽根のように見える。だが、今さっきのこともある。念の為拾っておくに越したことはないだろう。秋葉は拾った羽根を懐に仕舞い、山林を抜けて薫たちのいる川岸へと向かった。


「ほな、調査結果の方聞かせてもらおか」


 待機していた織部は、調査が終わって合流した秋葉たちへ促した。メモを取り出した樹がすっと手を挙げる。


「じゃあまず俺から。簡易的な式神を水中に潜り込ませて調査してみたが、川の方は特に異常は見られなかったな」


 樹は傍で浮いていた式神に視線を移す。すると、和紙でできた手のひらサイズの人形が水滴を払おうと頭を左右に振っていた。


(か、可愛い……)


 その愛くるしい姿に胸がきゅっとなる秋葉。私も欲しいな~、今度作り方教えてもらおうと思案していると、水滴を払い終わって役目を終えたのか式神が消えた。


「樹と一緒でこっちも変化なし。浄化の方はそれなりに進んで、少しは綺麗になったよ」


 そう言いながら薫はすぐ横を流れる川を指さした。調査前に見た時よりも少し濁りが薄れている気がする。結界は貼ったままにしておくようなので、このままいけば夜には澄んだ水になっているだろう。


「拙級祟魔の数が他に比べてちょっと多いかもな。それ以外は特に問題なかったで」

「こっちも似たような感じかな」


 熾蓮の報告に秋葉も同意する。入学前はそれほど見かけなかった拙級祟魔が、今日嵐山に来てから増えているので、何かが起こっているのは間違いないだろう。それともう一つ伝えておくべきことを思い出し、秋葉は口を開く。


「後、調査中ほんの一瞬だけど、ゾワッとした強烈な気配を感じたんだよね……」

「もしかして祟魔か?」


 すぐさま熾蓮が反応する。


「いや、分からない。でも周囲に拙級以上の祟魔はいなかったよ。それと気配を感じた時にこれが地面に落ちてて……」


 懐から拾った羽根を取り出してみんなに見せる。熾蓮、薫、樹の三人は揃って顔を近づけ、秋葉の手に乗った羽根を観察し出す。


「黒い羽根?」

「野鳥か何かのものか?」


 薫は首を傾げ、樹は黒い羽根をじっと観察する。野鳥と言われるとそうかもしれない。黒い羽根を持つ鳥など五万といるだろうからどれかまでは正確に判別はつかないが、烏に似ているような気もする。


「秋葉、それこっちで預かってもええか?」

「あ、はい。どうぞ」


 織部に言われ、手元の黒い羽根を渡す。何か分からないものをずっと持っておくというのも気味が悪いので、預かってもらえるのであれば、その方がいい。


「取り敢えず、ここでの収穫はこんなもんか」


 メモを取り終えた樹が顔を上げる。


(こうしてみると、樹の方が班長してるな……)


 報告の結果を記したメモ帳とペンを懐へ仕舞う姿を見て、ふとそう思う。ここまで班長らしいことはほとんどしていない。このままでは名ばかりの班長になってしまうのでしっかりしないと。


「もう少し情報があったら何か分かるかもしれないね」

「やったら、もうちょい先に千光寺(せんこうじ)いう寺があるし聞きに行ってみいひん?」


 薫の呟きに熾蓮が応じる。千光寺(せんこうじ)と言うと、大堰川(おおいがわ)の近くにある今から四百年前に建てられた由緒のあるお寺だったはずだ。昔からあるお寺なので、それなりに情報は得られるだろう。


「千鳥ヶ淵と距離的に近いし、何か知ってるかも」


 秋葉は熾蓮の提案に頷きながら口にする。千鳥ヶ淵を離れる前に、樹が何かあった時にすぐ迎えるようにと祟魔の放つ祟気(すいき)が検知できる札を近くの木に貼る。


 貼られた札が消え、目に見えなくなったところで、秋葉たち一行は千光寺(せんこうじ)へ続く道を進んでいくのだった。

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