第1章-第5社 進路雑談
翌日。学校に着いた秋葉は、鞄の中から進路希望用紙を取り出す。
今日は終業式があるので、それまでに用紙を提出しなければならない。秋葉は第一希望の欄に書かれた大神専修高等学校の文字をじっと見つめる。
「その様子やと決まったようやな」
「あ、熾蓮」
後ろの席に座っていた熾蓮から声をかけられ、向き合う形に座り直す。
「へぇ、どこにしたんだ? 秋葉」
「早く教えなよ~」
気になったのか二人の女子生徒が秋葉と熾蓮の周りに集まって来た。
白メッシュの混じった黒髪ロングをポニーテールにしている男口調の女子生徒は守咲結奈。
秋葉とは幼いころから一緒の仲で、彼女の家は古くから呉服屋を営んでいる。絵が得意で、よく秋葉が創作で作ったキャラクターのイラストを描いてもらっているオタク仲間の一人だ。
そしてもう一人、前髪を上げた茶髪ショートに翠眼の眼鏡をかけた女子生徒の名は堀部舞衣。
結奈と同じく秋葉の幼馴染で、生粋のゲームオタクであり理系女子。家が科学技術研究所で、それの影響か機械やネットに強く、小学五年生にして一からウェブサイトとネット掲示板を作り上げてしまった天才だ。
「京都大神専修高等学校ってところだよ」
秋葉は進路希望用紙を三人に見せる。
「なんや、俺と同じところやん」
「お、熾蓮もここなんだ」
「そうやで。元々、そこに行くつもりやったしな」
熾蓮の実家である愛宕神社も秋葉と同じく代々代報者を輩出している。代報者の育成機関である大神学園に行くのも分かる。
最も護衛対象の秋葉を守るという目的もあるのだろうが、仲のいい友達と入学先が一緒というのは秋葉にとっては心強いものだ。
「学校自体は違うけど、あたしと舞衣も大神系列の専門学校に通う予定だぜ」
「あ、そっか。二人の実家も神社だもんね」
結奈の話に秋葉は納得したように首を軽く縦に振った。
結奈は父方の実家が織物の神を祀る機物神社で、舞衣は母方の実家が百人一首などで知られている近江神宮なのだ。
代報者には神職や僧侶といった神仏に仕える者が多いので、二人が専門学校の方に入学するのも頷ける。
「確かそっちって学科ごとに分かれとったよな。何系に進むん?」
「あたしはデザイン系だな。ほら、うちの家って呉服屋だろ? 最終的には後継がないとだし、自分もデザインには興味あるからさ」
「私は情報系。元々、家が研究所だからってのもあるけど、ネット関係のことに携わりたくてね。ちょうど良さそうな学科があったからそこにしたって感じ」
熾蓮の問いに結奈と舞衣が応える。二人とも自分の特技や将来のことまで踏まえて進路を選んでいるようだ。
秋葉はみんなちゃんとした志望理由を持っていてえらいなと思いつつ顔を上げると、教室の前に飾ってあった時計が視界に入った。
「うわっ! そろそろ提出しないと時間ヤバい!」
秋葉は慌てて机に両手をついて椅子から立ち上がる。
「どうせあたしら先に体育館行かなきゃだし、途中まで着いてくよ」
「賛成~」
そうして教室を出て、職員室に向かう秋葉たち四人。
結奈と舞衣は終業式の準備を任されている結奈と舞衣と別れ、秋葉は職員室へと駆け込んで進路希望用紙を担任へ提出する。用紙を受け取り、志望校の欄を眺めた担任は口を開いた。
「大神学園といえば、神道系の学校か。北桜は家が神社だし、ちょうど良いんじゃないの?」
「ありがとうございます!」
無事に快諾を貰った秋葉は満面の笑みを浮かべる。
「もう会議始まるからさっさと出てった出てった」
「はーい、失礼します」
教員が職員室に続々と集まって来ているのを目にし、秋葉は足早に職員室から出て行く。
「お待たせ~」
「ほな、行こか」
待っていた熾蓮とともに体育館へ向かおうと廊下を歩みを進めていたその時。
「秋葉、その脚どうしたんや?」
「……え?」
何のことか分からず、秋葉はその場で立ち止まって首を傾げる。
「左脚怪我しとるやろ」
熾蓮からの指摘で合点が行く。
恐らく彼が言っているのは、昨日転んだ際に蜘蛛の糸が掠って怪我をした部分のことだ。怪我をしたのは左足のふくらはぎ。ちょうど靴下で隠れて見えないはずなのにどうして……。
「な、何で分かるの?」
「そんなん歩き方見とったら一目瞭然や」
「さ、流石は熾蓮……」
普段からよく見ているだけはあるなと熾蓮の観察眼の鋭さに秋葉は慄く。と、熾蓮が印を組んで、秋葉と自身の周りに透明な結界を生成した。
「これで周りには見えへんし、聞こえへん」
結界に不可視と防音の術をかけたようだ。終業式へ向かう生徒たちは全くと言って良いほど、こちらを気にする素振りを見せずにいる。
「昨日別れてから何があった?」
これでもかというほど真剣な眼差しで見つめられ、逃げるに逃げられないと悟った秋葉は観念して話し出す。
「実は嵐山から神社まで帰る途中、祟魔に襲われて……」
「っ……それほんまか⁉」
熾蓮は秋葉の話を遮るようにして、ぐいっと彼女に詰め寄りながら声を上げる。秋葉はその勢いに押されながら、首を縦に振り、事情を説明しようと口を開く。
「何とかエルと大神学園の代報者の人の助けもあって逃げ切れたんだけど、助けられる前に逃げてる途中で転んで怪我しちゃって……」
秋葉が苦笑交じりに話す傍ら、熾蓮は心配そうに彼女の左脚へ視線を落とす。
「それと昨日、エルから自分が祟魔に命狙われてること聞いてさ。ありがとね熾蓮。今まで守ってくれて」
何も知らなかったとはいえ、今まで守って貰ってきたお礼は言っておかなければ。そう思いながら話した秋葉は最後に微笑む。対する熾蓮は一瞬、目を見開いたかと思えば、こう言った。
「ええよ。護衛対象を守るんは、任務を受けた忍びとしては当然やさかいな」
熾蓮は誇らしげに話したかと思えば、ふと溜息を漏らして続けた。
「にしても、あんの野郎こっちの許可なしにべらべら喋りよって……。どうせそこにおるんやろ? お喋りマスコット!」
熾蓮は呆れた表情でエルを呼ぶ。すると、すぐに白い光が現れ、そこから烏の翼を生やした白狼――エルが出てきた。
「もぉ~、君までマスコット呼ばわりなんて酷いなぁ」
「おい、一体どういうつもりやねんエル。黙っとくゆう約束はどないしたんや?」
出て早々エルに対して、真っ先に詰め寄る熾蓮。エルはそろーっと視線を横に逸らすが、熾蓮に容赦なくむぎゅっと顎を掴まれ、怖気づいた表情を浮かべる。
「い、いや~、祟魔に襲われた件もあったし、大神学園に入学するにあたって、秋葉にもそろそろ伝えとかないといけないかなって。ほらだって、何も知らないままって言うのはねぇ? 今のうちに言っとかないと、後々ややこしいことになるだろうし」
「……まぁ、そうやな」
エルの顎から手を離し、渋々同意する熾蓮。一方、熾蓮の手から解放されたエルは、自らの顎を擦り始める。
「それに事情を聞いて守られるばっかってのもね。せめて自分の身ぐらいは守れるようにならないとだし、それもあって大神学園の入学を決めたの」
二人のやりとりを見ていた秋葉は、付け加えるようにして秋葉は入学を決意するに至ったもう一つの動機を熾蓮へ話す。
「……そうか。まぁ、俺とエルがいつも一緒に入れるとは限らへんし、秋葉がそう決めたんならこっちに止める権利はないわ」
納得した熾蓮は微笑を浮かべる。
「ほんで、エルからどこまで聞いたんや?」
「熾蓮が密命で動いてるってことと、狙われてる理由と予言の内容まで、ほとんど聞いたんじゃないかな」
秋葉からの話を聞いた熾蓮は、顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「分かった。なら上にもこのこと報告しとくわ」
「よろしくね~」
軽く手を振りながら話すエルに、熾蓮はギロッと睨みを利かせる。
「ほんま、誰のせいや思とんねん」
「ごめんって」
熾蓮に叱られ、軽く謝るエル。その様子に苦笑を浮かべていると、周囲に張られた結界が目に入り、熾蓮へ声を掛ける。
「それで一つ質問なんだけど」
「なんや?」
「学校全体に張られてる結界って、熾蓮が張ったの?」
入学当初から張られているので、秋葉はずっと誰が張った結界なのだろうかと疑問に思っていたのだ。
「いや、あれは愛宕衆が貼ったもんや。流石にこの規模の結界を貼る力はまだ俺にはあらへん。やけど、あの結界も俺らが卒業するころには解除されるやろうな」
やはり自分を守るために貼られたものだったようだ。三年間も結界を維持できるなんて何者なのだろうかと思っていたのだが、そういうことなら十分有り得るだろう。
と、終業式がもうすぐ始まることを知らせる校内放送が流れた。熾蓮が両手をパンッと合わせれば、辺りに貼られていた結界が解除される。
「そろそろ始まるし、行こか」
「そうだね」
終業式の会場である体育館へ向かうため、廊下を歩き出す二人。ここで、秋葉がエルに向けて念話を飛ばした。
『頼むから余計なちょっかい出さないでよ?』
『分かってるって、全くボクを何だと思ってるのさ』
『何しでかすか分からない/分からへんマスコット』
『二人揃って酷いなぁ⁉』
念話越しに嘆くエルに、秋葉と熾蓮は笑いを溢す。今年度最後の行事となる終業式が終われば待ちに待った冬休み。抱えていた疑問が無事に晴れた秋葉は、満足した表情で校舎を出た。




