第1章-第6社 入学前のやるべきこと
終業式が終わり、放課後。年末年始の神社の手伝いの約束をして結奈・舞衣と別れた秋葉は、熾蓮と人気のない屋上の階段下へ来ていた。
大神学園の推薦を受けることにしたは良いものの、学園ついてはほとんど知らない。そこで同じく推薦を受けた熾蓮が少しぐらいなら知っているというので、話を聞くことになったのだ。
熾蓮は念の為、周囲に認識阻害と防音の結界を張る。すると、徐々に透明な正方形の幕が生成され始めた。結界が完成し、秋葉は熾蓮の方を向く。
「それで大神学園に入学するにあたって、なんかやっとくこととかあるっけ? 入学試験とかないの?」
一般高校を受ける生徒でも推薦を貰ったとて、大抵の場合は面接や筆記試験が待ち構えているものだ。試験的なものがあるならあるでこの冬休み中に対策しておかなければならない。
「入学試験は無い……けど、入ってからの一ヶ月間代報者になるための試験があるらしゅうてな。それがめっちゃ大変みたいで、毎年数人は離脱者が出とる言う話なんよ」
「うええ……マジか」
去年まで大神学園に通っていた熾蓮の師匠からの情報なので、間違いないとのことだ。
毎回体育の成績が五段階の五の熾蓮はまだしも、秋葉はそこまで運動が得意というわけではないので、無事に合格できるか先が思いやられる。
「そこで提案やねんけど、入学早々、軽動術の試験があるさかい、前もって試験に合格できるだけの実力つけといた方がええやろ思うてな。護衛の意味も兼ねて年明けからうちの愛宕山で稽古したらどうかって考えとるんやけど、秋葉はどうや?」
「んー、そうだね……」
軽動術は、世間一般でいうところのパルクールに該当するものらしい。
正直なことを言えば、冬休みと春休みは神社の業務をこなしながら、アニメ見てゲームしてキャラ設定を作って、小説を書いて創作したい。
が、それ以上に今稽古を受けておかないと間違いなく入学してから困ることになる。それだけは絶対に嫌だし、みんなの前で恥をかきたくない。
「その稽古、参加するよ」
「ほな、秋葉が来るまでに色々準備しとくな」
「うん、ありがとうね」
秋葉の家系はみんな揃って代報者だ。生前の母や父は代報者の仕事で忙しく、家に帰ったと思えば二人ともげっそりと疲れたような顔をしていた。
祟魔を祓うのだから、瞬時に動けないと話にならない。稽古自体どういった形式でやるのかは定かではないが、やれるだけのことはやっておきたい。
「ちなみに何だけど、祟魔を祓うのって具体的にどうやるの? 私、そこんとこ何にも知らなくてさ……」
祟魔と代報者の存在は知ってこそいれど、どのように祓うのか、その方法に関しては両親や祖母から聞いていなかったのだ。
「まず、秋葉は霊眼がなんか知っとるか?」
「……何それ?」
秋葉が呟いた直後、熾蓮は驚いたように身を固くする。
(あれ? もしかして知らないとまずい?)
内心、少し危機感を覚えていると、気を取り直したのか熾蓮が軽く咳払いをする。
「始めに代報者は霊眼言うて、祟魔を始めとした霊的存在を視認できる眼を持っとる。それがないとまず祟魔を祓うことはできひん」
「私は持ってる?」
「現に秋葉はエルも祟魔も視えとるしな。そこは心配せんでええよ」
これで持っていないなんてことになれば、代報者になる以前の問題だった。幸いにも必要最低限の条件はクリアしているようで、秋葉はホッとして胸を撫でおろす。
「で、次に祟魔を祓うために必要な祓力と祓式やな。祓力は浄化作用のある力で、魔法で言うところの魔力みたいなもんや。身体強化や武器に纏わせて使うことが多いな。秋葉が神社の結界張れてる時点でこれも持ってるいう認識でええやろ」
つまり、結界を張るにあたっていつも使用しているエネルギーが祓力ということらしい。結界の張り方は祖母に教えて貰ったとはいえ、秋葉は知らず知らずのうちに祓力を使っていたことに若干驚く。
「ほんで祓式やねんけど、分かりやすう言うたら祓力を用いた異能力みたいなもんやな」
「おぉ、めちゃくちゃファンタジーだ……」
異能力と聞いて、普段からアニメや漫画で触れている秋葉は思わず目を輝かせる。
祓力を用いるということは、既にそれを持っている自分にも異能力となる祓式が扱えるのではないか。そう思うと、好奇心で胸がいっぱいになり、無意識のうちに秋葉の口角が上がる。
「俺の場合は炎操作。こんなふうに何もないところからでも出せるんよ」
熾蓮が手のひらを上に向けると、そこに小さな赤い炎が現れた。
「え、凄っ!」
「せやろ?」
現れた炎を見ようとぐいっと顔を近づけて反応する秋葉に、熾蓮は誇らしげに笑う。
メラメラと燃えている炎はきちんと熱も持っており、試しに手を翳してみると、じんわりと暖かくなった。外は雪が降りそうなほど寒いので、自然と表情が和らぐ。
冬の寒い時期はさぞかし便利だろうなと思う一方で、熱くないのだろうかとも思い、熾蓮に訊いてみる。
すると、同じように熱は感じるが燃料が自分の祓力ということもあり、温度も調節できるためそこまで熱いわけではないらしい。ある程度したところで、熾蓮はぐっと拳を握って炎を消す。
「ちなみに身体強化って具体的にはどうやるの?」
「祓力を全身に纏わせたらできるで。ほれ」
熾蓮はそう言って、意識を一点に集中させる。と、熾蓮の全身に白い半透明な膜のようなものが現れた。彼がその場で軽くジャンプすれば、天井近くまで飛びあがった。これが祓力による身体強化らしい。
「コツは結界張るときと同じで集中してイメージすることやな。全身に透明な薄い膜を貼るイメージでやったらできるはずやで」
そう言って熾蓮は祓力を解除する。試しに秋葉もやってみることに。
瞼を閉じて深呼吸し、言われた通りに全身に薄い膜を貼るイメージを脳裏に思い浮かべる。集中力を切らさないように神経を尖らせ、身体に流れる祓力を意識して外へ放つ。
すると、なんだか身体がふわっと軽くなったような感じを覚える。目を開けて見てみると、全身を覆うようにして薄い透明な膜が現れた。試しに軽く跳んでみると、ゴツンと音が鳴る。
「いったぁ……!」
思ったより足に力を入れすぎてしまったようで、秋葉は勢い余って天井に頭をぶつける。そのまま地面に着地した秋葉は、涙目になりながら頭を両手で抑える。
「コントロールはまだまだだけど、ひとまずはできたってことで良いのかな?」
「そうやな。習得スピードも早いし、この調子やったら入学までに何とかなると思うで」
その言葉に入学後の試験への不安がほんの少しだけなくなったように感じる。秋葉はその場で祓力を解除してホッと息を吐く。ふと外へ目を向けてみたら上空の方に薄暗い雲が立ち込めていた。
「ねぇ、なんか外暗くない?」
「ほんまやな。今日、雨降るいう話はなかったけど……」
風が強いのか、どんどん雲がこっちに向かってくる。この調子だとかなり降るかもしれない。生憎と折りたたみ傘しか持って来てないので、凌ぎ切れるだろうか。
そう訝しげに空を眺めていると、急にゾワッとした気配を感じ、全身に鳥肌が立つ。
「何、今の……」
肌を刺すような、金槌かなにかで後頭部を殴られたようなそんな感覚に秋葉は戸惑う。
「結界が破られた……」
隣にいた熾蓮が顔を強張らせながら呟いた。
「え、それってまさか……」
「あぁ、校内の空気がよどんどる。これは邪気が中に入った証拠や」
目を見開く秋葉に熾蓮は首を縦に振って言った。
秋葉と熾蓮はすぐさま霊眼を起動させ、窓外の様子を視てみると、学校全体を囲うように貼られていた結界がものの見事になくなっていおり、代わりに薄紫色の結界が構築されていた。
どうやって結界が破られたのかは分からないが、この状況は非常にまずいということは秋葉にも感じ取れる。
「ひとまずこれで様子探ろか」
熾蓮はズボンのポケットから一枚の白い紙を取り出すと、その場にしゃがんで紙を折り出した。何をするのだろうかとじっと傍で見守ると、数分もしないうちに一羽の鳥が完成する。
熾蓮がそれを手の上に乗せて祓力を通せば、彼の手から離れた鳥が飛び立ち、廊下の奥へと消えていった。
彼によると、あの鳥は式神の一種で、術者と視覚を共有し、近くにいる祟魔を感知することができるらしい。
「どう?」
鳥を放ってから数分が経ち、辺りを警戒していた秋葉は熾蓮に尋ねる。
「祟魔の気配はまだないけど、校内には俺ら以外誰も居らんし、念話も繋がらへん」
「は? 噓でしょ……」
視覚共有を切った熾蓮が口にし、秋葉は動揺する。いくら終業式が終わった放課後とはいえ、教員すらいないのはおかしい。加えて念話も繋がらないとなれば、外に助けを呼ぶこともできない。
「結界が破られたいうことは一応、向こうにも分かっとるはず……」
熾蓮はそう呟きながら視線を下げる。この状況をどう対処すべきなのか正直、秋葉には分からない。
(何か自分にも手伝えることがあればいいんだけど……)
何もできないことに情けなさを感じていると、視界の隅の方に制服を着た女子生徒が映った。
誰もいないと熾蓮は言っていたはずだが、見落としていた可能性も高い。とにかくここが危ないことを伝えなければ。
そう声をかけようとした途端、生徒が手を振りかざしながらまっすぐこちらへ走ってきた。
「熾蓮、後ろっ!」
秋葉が声を上げた瞬間、熾蓮は振り向いて結界に防御機能を付与。襲い掛かって来た女子生徒は結界に弾かれて地面に着地した。
この学校の制服を着ているのでここの生徒かと一瞬思うが、黒い邪気を纏っていた。恐らくあれは人型を保った祟魔だろう。
と、襲い掛かって来た祟魔の後ろから生徒の姿をした祟魔が湧き始め、あっという間に囲まれる。祟魔たちは結界を破ろうと体当たりしてきた。
咄嗟に防御機能を追加したおかげで結界にムラがあり、徐々にヒビが入り出す。
「このままやと持たへんな。ここは一旦、逃げるしかないか」
「けど、逃げるたってどうやって?」
前は祟魔に囲まれ、秋葉たちの背後と横は壁に隔たれており、袋小路になっている。そんな中、どうやってこの状況を突破するというだろうか。
「俺が道開くさかい、秋葉は合図するまで祓力纏って待機しとけ」
「りょ、了解」
緊張で手足が震える中、秋葉は深呼吸をして先ほどと同じように、全身に祓力を纏う。その間にも結界にはどんどんヒビが入り、今にも破壊されそうだ。
すると、熾蓮は手の上に炎を出現させたと同時に結界を解除。正面で道を塞いでいた祟魔数体に向かって一気に放射する。炎をまともに食らった祟魔たちは一瞬にして消滅し、一本の道が開かれた。
「こっちや!」
祓力を纏った熾蓮に手首をつかまれ、空いた道を一気に走り抜ける。コントロールが未熟なおかげか、地面を蹴った反動で身体がぐらつく。
だがその反面、少し走っただけでかなりの距離を稼ぐことができていた。後ろから排除しきれず残った祟魔たちが追ってくるが、身体強化のおかげでいつもよりも遥かに速度が上がり、あっという間に距離が離れていく。
祓力の凄さに感動しつつ、熾蓮の後を走っていくこと十数秒。先ほどいた四階から二階へ移動し、祟魔を撒くことに成功した。
(し、死ぬかと思った……)
熾蓮が周囲を警戒している間、膝に手を着いて呼吸を整える。いくら祓力で身体強化したからとはいえ、体力まではついてこなかったようだ。
一時的に脅威が去ったことに安堵していると、辺りに黒い邪気の塊が発生し、そこから次々と生徒姿の祟魔が出現する。
と、その中に紛れて二メートル近い背丈の大柄な男が佇んでいた。大柄な人型祟魔は、周囲にいる生徒姿の祟魔よりも断然強いオーラを纏っている。
秋葉はグレーの頭髪をしている男を見て、傍にいた熾蓮へ小さく声をかける。
「ねぇ、熾蓮。あれって……」
「あぁ。特徴も合致しとる。あいつらで間違いないやろ」
現れた祟魔の中に、連続殺人事件を引き起こした犯人が紛れているのに気づいた熾蓮は、秋葉を庇いながら片手で何かを握るようなポーズを取る。
すると、熾蓮の手元に一本の苦無が現れた。それを生徒姿の祟魔に向かって投げた途端、命中した祟魔を中心に爆発が起こる。祟魔たちが怯む中、熾蓮は背後の秋葉に顔を向けた。
「秋葉は自分の周りに結界貼って凌げ!」
「分かった!」
秋葉は素早く印を組み、しゃがんだ状態で地面に手をつく。
直後、彼女の周りに長方形状の結界が生成された。
結界が構築されたのを目にした熾蓮は苦無を手にし、祟魔へと接近。爪を立てて襲い掛かってくる祟魔の攻撃をかわし、苦無を首筋に突き刺す。致命傷を負った祟魔は、黒い霧となって消えていった。
「っ……!」
熾蓮が祟魔を祓う最中、秋葉は容赦なく次々と飛んでくる攻撃を防ぐべく、全祓力を結界の防御に回して耐えるのだった。




