第1章-第4社 真相と予言
「信じられないかもしれないけど――秋葉、君は祟魔に命を狙われている」
「――はっ?」
理解できない。目の前のマスコットは一体、何を言っているのだろう。突拍子もないエルの発言を聞いて、一番最初に秋葉の心の中に出てきたものがそれだった。
「ちょっと待って。私が命を狙われてるって……ど、どういうこと?」
エルから告げられた言葉に秋葉は思わず戸惑う。衝撃で頭が真っ白になり、ぽっかり身体に穴が空いたような感覚を覚える。そんな秋葉に対してエルはなりふり構わず話し始めた。
「今日、下校中に祟魔と遭遇して襲われただろう? それが何よりの証拠だよ」
きっぱりとそう告げられるも、まるで情緒が追いつかない。
「いやでも急に言われても信じられないというか、理解が追いつかないというか……。確かにいつもは襲って来ないのに、今日は襲ってくるの変だなぁとか思ってたけどさ……」
秋葉は困惑したように目をあちこちに泳がせる。実際、襲われこそはしたが、命まで狙われているとは思ってもみなかった。
基本的にエルは普段からおちゃらけてはいるものの、こう言ったときに嘘はつかない。恐らく命を狙われているというのは本当のことなのだろう。
だが、そうすぐ簡単に呑み込めるという話でもない。
「いつもは陰ながらボクと熾蓮が守ってるからね。気づかないのも当然かな」
(――今、なんて言った?)
更に追い打ちをかけるがごとく、とんでもない情報をさらっと話すエルに、秋葉はポカンと口を開ける。
「……はあああ⁉ ちょっ、それどういうこと⁉」
秋葉は数秒の沈黙の後、座っていた椅子から身を乗り出して大声を上げる。
「いや、エルは百歩譲って分かるよ? 私の保護者みたいなもんだし、神獣だしね。でも、なんでそこに熾蓮が出てくんのさ⁉」
小学生の頃からの幼馴染で長年一緒だった熾蓮が関わっていると知り、動揺から一変、秋葉はぐいっとエルに詰め寄る。
「お、落ち着きなよ……」
「落ち着いてられるかぁ! ちゃんと話せ! このマスコットォ!」
「は、話すから頬っぺた引っ張るのやめてぇ……」
秋葉に頬っぺをこれでもかというほど指で引っ張られ、白状する気になったエルは涙目で秋葉に抗議する。仕方なく秋葉が両手を離すとエルは赤くなった頬っぺたを手で擦る。
少しして赤みが引いたところでエルは話を再開する。
「それじゃあ訊くけど、熾蓮が中学校に入ってから今までほとんど毎日君のこと送ってたのは?」
「家が全くの逆方向なのに何でなのかなって思ってはいたし、今日はやけにエルを頼るように言ってきたけど……。まさかそれって……」
秋葉の中で今までの出来事が繋がっていき、彼女の赤い瞳が揺れる。
「そう、そのまさかだよ。まぁ嵐山からここまでは神社の敷地内だからボクがすぐに駆け付けられる範囲だし、熾蓮は嵐山に入るまでだけどね。加えて、学校でも一緒にいること多いでしょ?」
「うん。え、まさかそれも?」
「正解~」
「マジか……」
この三年間の熾蓮の行動のほとんどが自分自身のためと知り、撃沈する秋葉。確かに思い返してみれば、エルの言う通りだ。
休み時間はほとんど一緒で、帰り道も今日のように一緒に帰ることが多い。秋葉が怪我をしたと知れば、すぐに気づくことが多く、多少過保護だなとは思ってはいたものの、まさかそういう理由だとは想像もしなかった。
自分の鈍感さに呆れて長いため息を吐く中、一つの疑問が頭をよぎる。
「けど、なんでそもそも熾蓮が?」
「あいつが愛宕神社の神職なのは知ってるよね?」
「もちろん」
「じゃあ忍びだってことは?」
「いや、初耳なんだけど⁉」
まさかの事実に秋葉は目を見開いて大声を上げる。驚く彼女に同情しながらもエルはまた更に話を続ける。
「愛宕神社には愛宕衆っていう忍び集団があってね。熾蓮はそこから密命を受けてこの三年間、秋葉を守っていたのさ」
「忍び……密命……」
多大なる情報量で頭が真っ白な秋葉は、一点を見つめながらボソボソと呟く。
確かに熾蓮は昔から人一倍これでもかというほどに運動神経が良いし、状況把握や判断にも優れているが、彼の正体が忍びだとは思いもしなかった。
衝撃の事実の連続に頭がパンクしそうな秋葉は一呼吸おいてから、熾蓮の今までの言動を振り返る。
「もしかして、熾蓮が今起きてる殺人事件に詳しいのも?」
「そう。あれは世間的には人間がやったと報道されているけど、実際は祟魔による犯行でね。愛宕衆が犯人となる祟魔を追っているところだよ」
熾蓮がやけに詳しかったのはそういうことかと秋葉は納得する。祟魔による犯行なら心臓を一突きされた上に血まで抜かれていたなどという不審死が成立してもおかしくない。
説明が一区切りついたところで、秋葉はエルから聞いた内容を整理する。秋葉は祟魔から命を狙われており、エルと忍び集団である愛宕衆に所属していた熾蓮に陰ながら守られていたということらしい。
何もかもが現実離れしているが、一旦飲み込むことにしよう。そう考えた秋葉は、ここで一番重要なことを訊き忘れていることに気づく。
「私が命を狙われてるってことはよーく分かった。でも、狙われてる理由ってなんなの?」
秋葉はエルに尋ねる。だが、現状話を聞いている限り何故、命を狙われなければならないのか全く理由が見えてこないのだ。
「……話すと少し長くなるけどそれでもいいかい?」
「う、うん」
エルに訊かれ、秋葉は緊張した面持ちで頷く。
「事の起こりは今から三年前のちょうどこの時期。『数年の後、この国は災厄に見舞われる』という予言が代報者及び天界に出回った。予言には続きがあってこの先は一部の限られた人しか知らないんだけど、それによると『その災厄を防ぐ鍵となるのは北桜家の少女』だと言われている」
「予言ねぇ……」
秋葉は、予言なんてそんな不確かなもの普通なら信じられないけどな……と思いながら訝しげに呟く。
「たかが予言だろうと思うかもしれないけど、過去に予言されたことはこれまで一度も外れたことは無い。なんせ予言したのは未来視を持つ神だからね」
秋葉の心中を察したかのように話すエルは、最後に笑みを浮かべる。現に目の前に神獣がいるのだ。未来視をもつ神だっていてもおかしくはないし、エルが言うならその予言もきっと本物なのだろう。
「そして現状、北桜家の血を引いている人間は秋葉ただ一人。当然、例の予言は祟魔たちの間にも広がった。簡単な話、君が祟魔に狙われているのは、その災厄を引き起こす祟魔たちにとって君の存在が邪魔になるからさ」
「な、なるほど……」
つまりその予言で言われている災厄は今後数年間のうちに必ず起こり、災厄を防ぐには北桜家の血を継いだ秋葉が鍵となる。
秋葉は災厄を起こす側の祟魔にとっては非常に邪魔な存在であり、今すぐにでも消し去らなければならない。それに気づいた愛宕衆とエルはこの三年間秋葉に気づかれないように密かに守っていたということだ。
事の重大さと情報量の多さに頭の中が混乱するが、とにかく厄災において、自分の存在が重要になり、自分の命が狙われていることは理解した。
「で、それが入学することと何の意味があるの?」
「大神学園はさっきも言ったけど代報者の育成機関だ。代報者がわんさかいる分、正直この神社なんかよりも圧倒的に守りが硬い。加えて、大神学園は全寮制。そこに入学すれば、祟魔の手出しできる余地はほとんどないし、代報者になればそれなりの防衛手段は身に着けられる。任務時の報酬もそこらのバイトよりかは数倍多く出るだろう。自分の命を守れると同時にお金稼ぎまでできる。悪い話ではないでしょ?」
「むっ。た、確かに……」
命を狙われている以上、必ずまたどこかでさっきのようなことが起こる。神社を離れることにはなるが、自分の身を守ることの方が優先だ。
加えて今までからも秋葉が学校に行くときは、エルに神社を任せていたからそこの心配はほとんど必要ないだろう。
代報者になれば自分の身を守れる手段を手に入れられるだろうし、家業を継ぐことにもなる。加えて任務の報酬が良いのなら、財政難で万年金欠状態の神社も多少は好転するだろう。
「どうする? 秋葉」
エルに問われた秋葉はぐるぐると頭を悩ませる。
正直な話、エルから言われたことを全て受け入れられたというわけではない。
あの熾蓮が実は忍者で、密命を受けて自分を守っていたこと、自分がこれから起こる災厄の鍵になること、増してや命を狙われていることなど、普通ならば到底信じられるものではない。
だが、今までのエルや熾蓮の言動や帰り道に祟魔から襲われたことを考えると、説明がつく。
今回みたいな今回みたいなことがまた起きたら? 逃げ切れるとは限らないし、海希やエル、熾蓮が必ず助けてくれるとも限らない。であれば、取る選択肢は一つ――。
「金銭的にも自分の身の安全的にも家業を継げるっていうのも勿論なんだけど、何より事情を知ったからには守られるだけっていうのは癪なんだよね。だから、せめて自分の身を守れるくらいには強くなりたい」
そう話す秋葉の目には強い意志が宿っていた。
「――入学するよ。大神学園に」
「うん、そうこなくっちゃね」
秋葉の答えを聞いたエルは、満足そうに笑みを浮かべる。秋葉は意思が揺るがないうちに早く進路希望用紙へ記入しようと、制鞄の中から紙を取り出すのだった。




