第3章-第22社 決着
秋葉と悠が赤犬と交戦する傍で、熾蓮は青犬に向けて炎を纏わせた苦無を飛ばす。対して青犬は己の背後に着地した赤犬の首根っこを掴み、自らの前に押し出した。刹那、赤犬の背中に苦無が刺さった。
「はっ……?」
あまりの卑劣さに秋葉たちは揃って目を見開く。と、青犬が赤犬を秋葉に向けて放り投げた。咄嗟に秋葉が避けようするも間に合わず、二人諸共窓ガラスを突き破って四階から外へと落下。
ガラス片が秋葉の全身に刺さる中、次いで落ちてきた赤犬が炎を宿した大剣を振りかざしてくる。
地面に着地した秋葉が憑依度を上げて横に回転してギリギリのところで躱すが、すんでのところで大剣の切っ先が掠り、ざっくりと胸脇を負傷した。
「い゛ッ……!」
秋葉は痛みに顔を歪ませながら、赤犬から距離を取る。彼女が先ほどまで立っていた地面には赤犬の大剣が突き刺さっていた。
それを目にした秋葉は、ほんの少しでも避けるのが遅かったら死んでいたことにゾッとしつつ、止血しようと患部を手で押さえて祓力を流す。
と、四階の割れた窓ガラスから炎を帯びた刀を手にした熾蓮と氷を帯びた槍を手にした青犬が突っ込んできた。
「味方盾にするったぁ、また汚いやり方やな……!」
「何、あやつはこれごときで潰れる玉ではない」
先に地に足を着けた青犬が熾蓮と刃を交えた瞬間、辺りに粉塵が舞い上がる。
「そうだぜ。上司に散々鍛えられたからな。これぐらいはかすり傷ってもんだ」
赤犬がコンクリートに刺さった大剣を引き抜き、背後に着地した悠が放った苦無を弾く。すると、数度青犬と剣戟を交わした熾蓮が退きざまに念話を飛ばしてきた。
『どうする? このままやったら、祓うどころかいずれやられてまうで』
『そうだな……。デカくて力が強い癖に動きも早いと来た。だったら、力を封じて動けないようにしちまえばいい。つーわけで頼めるか? 悠』
熾蓮の言葉に応じた秋葉は終いに悠へ投げかける。憑依度を上げたおかげか、念話にまで朱華の低い声色と口調が映っていた。
『任せて! と言いたいところだけど青いのはともかく、赤いのにさっきみたく炎で焼かれたらどうしようもないよ?』
『そこは初音に教わった方法でいけば大丈夫だ。視たところあいつらの等級は烈級。薄紫の結界で祟魔側の力が強められてはいるものの、こっちが捕縛寸前で内側へ更に結界を張って祟気を浄化すれば、力の差を同等ぐらいには持ち込める』
結界を生成した上で桜や紅葉、草木に更に祓力を纏わせれば、炎相手でも渡り合える。打ち勝つには現状、そうするしか方法はない。
『分かった。でもちょっと時間欲しいかも』
『ほんなら、その間の時間稼ぎと結界生成は俺らの役目やな』
『あぁ。全員で祓って生き残るぞ』
そう念話で言い切ると、悠が戦線を離脱。しばらく地上でやり合った後、秋葉が右のビル、熾蓮が左のビルの外壁を伝って上へ向かえば、赤犬と青犬も追尾し出す。
後ろから迫りくる攻撃を回避しながら屋上へ辿り着いた秋葉は、飛び掛かって来た赤犬が大剣を振って飛ばした炎の斬撃を祓力で強化した桜の斬撃で両断する。
隣接するビルの屋上で熾蓮と青犬が戦っているのを横目に、秋葉は桜を纏わせた刀を手に赤犬へと攻め入った。
数分後。接戦を繰り広げていると、捕縛準備を終えた悠から念話が飛んできた。
『できたよ』
『それじゃあ締めにかかるとするか』
『やな』
秋葉と熾蓮は悠が仕掛けを施した地点へと敵を誘導を開始する。と、ガラスの割れるような大きな破裂音が響き渡り、敷地内を覆っていた薄紫の結界が一気に崩れ去った。
「何ッ⁉」
赤犬が驚愕の声を上げる中、秋葉も破壊された結界に目を丸くする。一体、何がどうなっているのかは分からないが、これはチャンスだ。
祟魔たちが動揺している隙に秋葉と熾蓮が互いに印を組んで、敷地全体に強力な浄化作用を付与した結界を構築すると、赤犬と青犬の纏っていた祟気が弱まっていく。
秋葉は無数の桜の花弁を纏わせた刀を赤犬へ向けて突いた。刀から放たれた花弁が渦を巻くようにして押し寄せ、赤犬が屋上の縁へと吹き飛ばされる。秋葉は間発入れずに地面を蹴って接近。
「落ちやがれっ……!」
祓力で最大限強化した脚で赤犬の懐を蹴り、ビルの下へと落とす。熾蓮も同様に青犬を炎で吹き飛ばしたようで、ビルとビル間を二体の祟魔が怒涛の勢いで転落していく。二体が成すすべなくビルの低層まで落下したその時。
二棟のビルの外壁に数十もの緑陣が出現し、祓力を帯びたツタが疾風のごとく射出される。放たれた数十本のツタはビルの合間を駆け抜け、赤犬と青犬の全身を一瞬のうちにして縛り上げた。
直後、彼らの周囲が膨大な木の葉で覆いつくされ、身体に切り傷を成していく。
「二人とも!」
下で祓式を操作していた悠が声を張り上げる。屋上から飛び降りた秋葉は紅葉を、熾蓮は炎を自身の周りに展開させて、刃のように鋭くなった葉を防御・調和しながら二体の祟魔へと突っ込む。
「これで……終いだ!/終いや!」
秋葉と熾蓮は桜の花弁と炎を宿した刀で赤犬と青犬の祟核を貫く。次の瞬間、それぞれの祟核から光が溢れ出し、二体の祟魔が黒い霧となって消滅した。
秋葉と熾蓮は悠の元へと降り立ち、刀身に着いた血を払う。憑依を解いて秋葉がホッと息を吐いたのも束の間、赤犬の刺突によって死にかけた時のことが脳裏に浮かび、息が詰まると同時に刀を仕舞おうとしていた手が止まる。
「秋葉、どないした?」
「え? あぁ、いや何でも……」
先に結界を解いた熾蓮に尋ねられ、首を横に振った秋葉は刀を鞘に納めて拍手する。次いで、秋葉が敷地内に張った結界が解除された。
「秋葉、無事か⁉」
建物の屋根から跳んで地面へ着地した織部がまっすぐ駆け寄ってきた。続けて薫、樹、白澪の三人も走ってくる。
「織部先生。それにみんなも……」
秋葉はやってきた織部たちに目を見開く。
「中におった祟魔は?」
「それならばっちりあたしたちで祓いましたよ」
「おぉ、そうか。熾蓮と悠も生きとるようで何よりや」
悠が満面の笑みで応えると、安堵したように頬を緩ませた織部は秋葉、熾蓮、悠の頭を撫でる。
「また酷い怪我ね……。三人とも治すからこっちいらっしゃい」
「はーい」
白澪に促され、秋葉たち三人は彼女の元へ歩き出す。身体中ガラス片が刺さり、胸脇を負傷している秋葉は勿論、熾蓮と悠もそれぞれ右腕と左脇腹、脚と額から血を流しており、全身ボロボロだった。
重傷度の高い秋葉から順に白澪に治療をしてもらっていると、薫と樹が寄ってきた。
「良かった……もう三人とも心配したよ」
「ったく、閉じ込められてるって聞いた時はヒヤヒヤしたぞ」
「あはは……すまんな」
「わざわざ助けに来てくれてありがとね」
薫と樹に身を案じられ、治療待ちしていた熾蓮と悠が眉を下げながら返した。
「こっちも結界破るの大変だったんだからね」
「実際、解析して破ったのは俺と織部先生だけどな」
「別にいいじゃないのよ。私と薫も二人と協力して結界を張った術者を祓ったんだから。ほら次、熾蓮」
怪我の治療を終えた秋葉はその場を退いて、熾蓮に譲る。薫と樹から詳しい話を聞くに、術者となる祟魔を祓って薄紫の結界を破ったのは樹たちのようで、誰が破ったのだろうと思っていた秋葉は納得する。
結界の崩壊がなければ、赤犬と青犬を祓うのにもっと手こずっていたかもしれない。救出のために動いてくれた織部たちにお礼を言っている間にも、熾蓮と悠の治療が完了した。
「全員治ったところやし、外出るで。まだあいつらが戦っとるやろうからな」
織部の言葉に頷いた秋葉たちは敷地の外に出て、大通りへと歩き出す。
『潰れろっ!』
詞貴の声が聞こえてきた。次の瞬間、言霊による祓力を纏った自販機や車が道路上にいた数体の荒級祟魔に直撃し、押しつぶされた祟魔たちが黒い霧となって消えていく。
またその傍にある歩道橋では、伊予が辺りに蔓延っていた祟魔をサブマシンガン両手に始末していた。と、建物の軒先にいた準烈級祟魔が彼女に飛び掛かってきた。
「あら、残念。これで終わりよ!」
瞬時に持っていたサブマシンガンを『蔵』に戻した伊予は、手榴弾の栓を抜いて準烈級祟魔へと投げる。直後、準烈級祟魔に命中するのと同じくして爆発が発生し、跡形もなく消滅した。
「よーしっ! ラスト一体! 任せたよ姫香!」
「そおおおれっ!」
水色の長髪を首元で二つ括りにし、ライフルを持った女子生徒が呼びかけると、姫香と呼ばれた桃色ハーフツインテールの女子生徒は、三階建ての建物にいる準烈級祟魔へ向けて身の丈ほどの大きさのある片刃の大剣を振るった。
光の斬撃を受けた祟魔が黒い霧となって消えるとともに建物全体に亀裂が入り、大きな爆発が起こった。周囲で見守っていた秋葉たちは鳴り響く轟音に耳を塞ぐ。
「あらら……めちゃくちゃだね……」
「流石に勢いありすぎだっての」
悠と秋葉は目の前の惨状に苦笑する。黒煙が晴れた先では、建物の上部がものの見事に吹き飛んでいた。
秋葉は腕相撲大会で白澪と同率で一位を取っただけはあるなと大剣を肩に担ぎ、無邪気に笑ってピースする姫香へ視線を向ける。この様子では自分たちの助けは要らなかったようだ。
「お疲れ様です。織部先生」
「おぉ、伊予か。クラス全員の指揮お疲れさんやったな」
歩いてきた伊予へ織部がそう声をかける。と、模擬演習ルーム内の結界が解除され、扉が開いた。
「やっと入って来れるようになったと思ったらもう終わってるし……」
「こらまた派手にやったな。そこら中、半壊だらけやん」
腰に刀を携えた多田と海希は周囲を見回しながら、建物の屋根を伝ってやってくる。
「多田先輩に海希先輩!」
秋葉が声をかければ、気づいた多田と海希が降りてきた。秋葉は二人に向けて説明する。事情を把握した多田と海希は念の為、残党がいないか確認しに建物へと飛び移っていった。
すると、入れ替わるようにして薙刀を手にした初音が歩いてくる。
「その様子だとみんな上手くやったようね」
「初音も! どうしてここに?」
傍にいた悠が問いかけると、薙刀を『蔵』へ仕舞った初音が秋葉と悠、熾蓮の三人へ念話を送る。
『織部先生から連絡を受けた豊田先生が、秋葉たちが祟魔と戦ってるって伝えに来てね。それで校内にいた教員と二、三年の先輩たちは勿論、護衛役のわたしと治療師の香月も駆り出されたってわけ』
初音の話に秋葉たちが納得しつつ辺りを見回していると、ちょうど香月が白澪の元へやってきた。
「白澪。怪我人は?」
「私含めたここ六人ならもう治したから、他の子たちの治療に回ってちょうだい」
「そうかい。じゃあまた後でね」
白澪から告げられた香月はA組の生徒に当たるべく、その場を後にした。
◇◆◇◆
その一方、織部は模擬演習ルームに入ってきた、深緑のショートカットに黄褐色の目をした男性教師――豊田秀一に歩み寄る。
「またこの短時間でよう集めたな」
「僕の情報伝達能力をあまり舐めないでほしいね。それで織部、A組の生徒たちは?」
織部が感心したように溢すのに対し、豊田は満更でもなさそうに答えたかと思えば、真剣な顔つきで尋ねた。
「全員生還ついでに祟魔も一匹残らず祓いよったさかい、お前らの出番はなしや」
織部が軽くあしらえば、豊田は目を細めながらこう口にした。
「ほう、今年の一年はみんな揃って優秀というわけか。では、僕は事情聴取の準備に移らせてもらうとしよう。また詳しい話はその時にでも聞かせてくれたまえ」
豊田はそう言い残して立ち去っていく。「ホンマ鼻に着くやっちゃな……」と織部は舌打ち交じりに彼を睨みつけるのだった。




