第3章-第21社 緊急事態発生(織部side)
待機室には試験を終えた薫と樹の他に白澪から中に入っていった熾蓮からの念話が返ってこないと報告を受けた織部がいた。
織部が二人に事情を話していると、待機室の扉がバンッと音を立てて響き、焦った様子で白澪が入ってきた。
「織部先生ッ!」
「白澪! 無事か」
「はい。けど、熾蓮たちが……」
織部が訊くと、白澪は息を整えながらこちらへ近づいてくる。
「分かっとる。悪いけど、お前ら三人も協力してくれへんか?」
「勿論です」
織部が問うと、薫、樹、白澪の三人は固く頷いた。
さっそく待機室を出て、秋葉たちのいるビルの敷地へと向かえば、案の定、侵入を遮るようにして薄紫色の結界が張られていた。織部と樹はその場にしゃがんで結界へ手を当てると、祓力を流し込んで解析を始める。
「樹、どう?」
少しして薫が尋ねる。
「この結界、術者を倒さない限り解除できない造りになってる」
「それに加えて出入りを制限する入縛に内縛、電波と念話を通さへん効果も付与されとるな」
「だったら、まずは術者を見つけ出すところからね」
霊眼で目を淡く光らせていた樹と織部が口にすると、傍で様子を伺っていた白澪は腰に手を当てて言った。また厄介な結界が張られたものだと眉を顰めながら織部と樹はしゃがんだ状態から立ち上がる。
「織部先生、あれ……」
表情を強張らせた薫から肩を叩かれ、彼女の指差す方を見てみると、模擬演習ルームの壁際へ張られた結界に直径二メートル前後ある大きな歪みができており、中から大量の祟魔が出現する。
「あの歪み、もしかして秋葉が前に言ってた線が開いてできたってことか……」
「数は二十、三十……いや、もっとね」
どんどん湧き出てくる祟魔に樹と白澪は勿論、織部も呆然とする。目視だけでも荒級が五十体に準烈級が三体。この調子だともっと増えるだろう。
外部との連絡を取ろうと念話を入れるも、秋葉たちがいるビルの敷地内と同じくして模擬演習ルームAの結界に内縛と認識阻害、電波・念話妨害の効力が追加されていた。
(秋葉たちの救出もあるとなったら、残りの生徒らを守ってる余裕はないな。しゃーない、ここは……)
織部はビル内で試験開始を待っているであろうA組の生徒たちに向けて念話を送る。
『試験中に申し訳ないけど、緊急事態発生や。現在、秋葉、悠、熾蓮の三名が烈級祟魔二体と交戦中。加えて、模擬演習ルームA内に荒級と準烈級を交えた数十体以上の祟魔が発生しとる。どれも本物や。A組の生徒は部屋の内側に結界張って守り固めろ。何があっても外に出たあかんで』
そう指示をすると、ビル内にいた伊予から念話が飛んできた。
『分かりました。と言いたいところですけど、模擬演習ルーム内に発生している祟魔は私たちが祓いに行きます。織部先生は秋葉たちの救出に専念してください』
『せやけど、お前らを危険に晒すわけには……』
と、織部の言葉を遮るようにして伊予が話し出す。
『お言葉ですが先生、私たちをみくびらないで下さい。貴方が思っているよりやわじゃないです』
『そうですよ。みんなこの三週間、伊達に稽古してきてませんからね。それに試験後の任務では代報者は常に危険と隣り合わせ。あれぐらいの数を相手できずして何が代報者ですか』
伊予に続いて同じくビル内で待機していた詞貴も強い口調で告げる。二人の話に織部は顎に手を当てて考え込む。
今、尚出現し続けている祟魔は仮想祟魔ではなく、紛れもない本物だ。三週間、生徒たちは稽古を重ねてきただろうが、仮想祟魔と本物の祟魔では話が変わってくる。ただでさえ数が多いのだ。ここで行かせてもしものことがあれば、織部が確実に対処できる保証はない。
しかし、どっちみち明日の任務で会敵するのも事実。だが、何よりも――。
(――担任である俺が生徒らを信じてやらんでどうする)
すぐに織部はこめかみに二本の指を当てた。
『そこまで言うんやったらやってええ。その代わり、予め決めたペアで動いて絶対に一人にならへんこと。なんかあったらすぐに念話を飛ばすこと。んで無理はせんこと。この三つを守ることが条件や』
『分かりました。ありがとうございます』
伊予からの返答が来た後、念話が途切れた。織部は結界の向こうにある模擬演習ルームBへと視線を移した。
あそこではちょうど今、B組の生徒たちが代報者試験をしているはずだ。幸いにも認識阻害の効果は付与されていない。
(外部との念話は繋がらへんけど、これやったら……)
織部は手の内にペン型のライトを出すと、隣接する模擬演習ルームBに向け、スイッチをある一定の間隔で押す。
【模擬演習ルームAの結界と試験用ビルの敷地内に歪みが発生し、無数の祟魔が出現している模様。現在、一年A組の生徒が祟魔と交戦中。至急、救援を要請する】
霊眼に祓力を回して視力を上げて見ると、ライトを手にした豊田から【了解】と返事が来る。ライトを仕舞い、霊眼を解いた織部は薫たち三人へ顔を向ける。
「ほな、あの祟魔たちはみんなに任せて俺らは術者を祓いにいくとしよか」
「でも、どこにいるか分からないのにどうやって?」
白澪が眉を寄せながら訊いてきた。
「んなもん簡単や。この敷地内全体を見渡すのに一番ええ場所と言ったら?」
「高所……ってことはあそこか」
織部が問えば、気づいた樹は後ろを振り返って顔を上げた。つられて薫と白澪も見上げる。
彼らの視線の先には模擬演習ルーム内でも非戦闘区域に指定されている高層ビルがそびえ建っていた。霊眼で視力を上げて視ると、全面ガラス張りの展望室に祟魔らしき人影が確認できた。
「そう言うことや。ちゅうわけで急ぐで」
「はいっ!」
薫と樹、白澪の三人が強く頷くと、織部たちは地面を蹴って車道の向かいにある建物の屋根へと上がり、高層ビルに向かって疾走する。
建物と建物の間を飛び越えて進んでいけば、ビルが間近に見えた。先頭を走っていた白澪が祓力で足を強化し、近くのビルの屋上から最上階の展望室に向かって跳躍する。
「だああああっ!」
白澪が祓力を纏わせた拳で展望室のガラス壁を殴った。直後、亀裂の入ったガラス壁が盛大に割れ、白澪が中へ侵入する。
「流石は白澪。腕相撲で一位を取っただけはあるな」
ガラス壁が拳一つで破壊されるのをビルの屋上から眺めていた樹がそう溢した。
「もー、感心してないでわたしたちも行くよ」
「あぁ」
薫と樹は屋上から展望室へ跳び、破られたガラス壁から入っていく。彼らの様子に織部はこの短期間でみんな成長したなとしみじみしつつ、自らも参戦するべく展望室へと向かう。
その中には杖を持った老夫姿の祟魔が居座っていた。薫たちがそれぞれ武器を構えると、老夫はソファから腰を上げて彼女たちの正面へ歩き出す。
「想像よりも早いお出ましとはなかなかやりおる。じゃが、わしとて等級昇格がかかっておるのでな。そう簡単に倒されるわけには行かぬ!」
老夫は吐き捨てると、杖を地面に叩きつけた。すると、宙に紫の陣が複数出現し、祟気を宿した無数のナイフが薫たちに向けて射出される。
だが、そのどれもが直撃する間もなく、横から降ってきた無数の銃弾で撃ち落とされ、周囲に爆発が巻き起こった。
「何じゃと⁉」
床に散乱したナイフと銃弾に老夫が驚愕していると、黒煙の中から現れた織部が老夫を蹴り飛ばして後ろの柱に叩きつけ、指を鳴らした。
次の瞬間、杖を支えに立ち上がろうとする老夫が無数の銃弾によって柱に縫い付けられる。
「あんまプロを舐めんなや」
「ぐぬぬっ……!」
織部が冷たい目で見下ろしながら怒気の篭った声で告げれば、その場から動けずにいた老夫は悔しそうに歯を食いしばる。
「よぉし、これでもうこいつは逃げられへん。手柄は譲ったるさかい、三人ともやってまえ!」
「おらあああああ!」
織部が言い放つと、彼の後ろから祓式を纏わせた武器を手にした薫、樹、白澪が雄叫びを上げながら飛び掛かり、柱ごと老夫を叩き斬った。




